箱物語(仮)93


シジュウは、自分の過去の箱であるところの、
魔術箱と呼ばれるそれに意識を同化させる。
深呼吸をひとつ、それだけでいい。
それだけで、広大な魔術箱は、
領域にある全ての記録を、把握することが出来る。
電子箱、人の過去の箱、紙媒体、
なんでも記録がシジュウのもとにさらされる。

シジュウの魔術箱と意識の狭間で、
記録が乱舞している。
さながらそれは芸術的な舞のようであり、
人の作り出した記録が、
こんなにも美しく描かれることがあるものかと。
シジュウは軽く感嘆する。

人は、記録を残す生き物だ。
その記録が過去の箱を壊すとしても、
記録なしには生きられない生き物だ。
生きて、いるのだ。

記録が舞う。
シジュウはその乱舞を、
何かのイメージとつなぎ合わせようとして失敗した。
珍しいなと、シジュウは首をかしげる。
記録がくすくす笑った気がした。
シジュウもいつもの微笑を浮かべる。
そこのまだ見えない微笑み。
何を求めているか、わからない微笑み。

記録が宴を開いている。
シジュウはそう思った。
この時期の宴ならば、なんだろうか。
そして、シジュウは思い当たる。
ああ、そうか。

シジュウは意識を魔術箱から切り離し、
ため息をひとつ。
「シジュウ?」
ルカがいぶかしげに訊ねてきたのを、
シジュウは微笑みでかわす。
「そういえば、桜はきれいですか?」
「中庭で飽きるほど咲いてる」
ルカはぶっきらぼうに返して、
また、電子箱に向かう。

シジュウは中庭を見る。
確かに、目も眩むほどの桜。
そこで、カラットとヤンとツヅキが、
酒ではないだろう、何かを持ち寄って話をしている。
シジュウはその光景にやっぱり微笑んで、
ルカにもう一度目をやる。
「ルカさんは?」
「これ片付けたら、合流する」
「少し飲みますか?」
「遠慮します」
「宴ですよ」
「勤務時間中です」
シジュウはなんだかおかしくなった。
記録すら宴を開いていると言うのに、
このルカと言う部下は、かたくなに浮かれるのを拒む。

「いいんですよ、桜もきれいじゃないですか」
「花がきれい、それだけです」
「きれいとわかれば上出来です」
シジュウは微笑む。
なんだか、ルカをからかうのが、ちょっと楽しくなった。


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