箱物語(仮)94


隠れる。
日食が最近あった。

ルカはその日食を、
大騒ぎする街角で知った。

皆、奇怪なグラスを手にして、
太陽を見て歓声を上げている。
ああ、そんなこともあるのか。
ルカは興味なく、その様子を尻目に町をすたすた歩いた。

ルカの箱の目は一応切ってある。
仕事でない時に発動していたら、
自分が普通でないことを確認しなおすだけだ。
それは、慣れたとはいえ、気持ちいいものじゃない。

みんな、色眼鏡で空を見ている。
箱が見えるルカも、色眼鏡で見ているんだろうかと考える。
あるいは、ルカ自身が、箱と言う色眼鏡で人々を見ているんだろうか。

日光が弱くなり、人々は歓声。
天体ショーといえば聞こえはいいが。
ただの天体の偶然に過ぎなくて、
何万年もの間のただの偶然に過ぎなくて。

日の光が弱くなって、人が空を見上げているそのとき、
ルカはぐるりと街角を見て、
空を見ていない人影を見る。
ルカとは、何かが違う。
人々とは、決定的に違う。
人影は女性で、
唇の紅色がよく似合う。

「ヤタガラスは太陽にいるといいます」
女性の唇がつむぐ。
「しらない。そんなこと」
ルカは、女性の言葉に、そっけなく答える。
「太陽が隠れるのは凶事とされていた記録もあります」
「だから?」
ルカは、やっぱり素っ気なく。
女性は笑みを浮かべた。
「彩りは、時代によって変わるもの。あなたの、記録も」
「でも、みんなに箱があるのはかわらない」
女性は笑みを深くする。
「過去の箱は、消えない。私の、目から」
ルカは女性に答える。
そして、足早にそこから去る。

女性は、日の光が戻ってくるにあわせ、ゆっくり消えていった。
まるで、そんな彩がなかったかのように。


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