箱物語(仮)97


海が見たくなった。

ルカはちょっとドライブして出かけた。
夏の日差しの残りの欠片が、
ぎらぎらと降ってくる。
ルカは軽自動車を運転して、
やや暑い国道を走る。
海が見たくなった。
ただ、それだけだ。

時期的にはもうそろそろ、休みが終わりそうな時期。
海水浴のシーズンも、
ぼちぼち終わりかもしれない。
ルカは静かな辺りに車をとめて、
そっと車を降りて、砂浜を歩いた。

海の家の残骸。
いや、残骸と言うにはおかしいかもしれないけれど、
なんとなく、夏の残骸とルカは思った。
ああ、夏に壊された。
ここは夏の戦場の最前線だったんだ。
ルカはなんとなくそんなことを思った。

空からは、まだ少し尖った日差しの欠片が、
降ってきている気がする。
ゴミのどうにも多い砂浜。
夏と戦ったんだ。
空き缶もペットボトルも花火も。
大笑いしながら、夏と戦ったんだ。

ルカは、視線を海にやった。
やや高い波。
低気圧が来ているという、
気象ラジオは聞いていないけれど、
この月の終わりになると、泳ぐ人なんて少ない。
笑い声も聞こえない。
夏との戦いは、こうして毎年終わるんだとルカは思う。

青く抜けた空。
どうどうと鳴る潮騒。
何もかわらない。
本気で戦った夏がこうして終わるのを、
感じ取っていないと、
ルカの中でルカと言う人間が消えそうな気がした。
私は記録だけでない。
時折そう思わないと、
何かにさらわれそうな気がした。

不変のもの。
普遍的なもの。
ルカはかわらないものか。
いや。
ルカはきっとかわりつづける。

海が鳴っている。
ルカは目を閉じる。
そこには、過去の箱なんてなくて。
ルカは、ただ、海の音を感じている。

ルカの髪が風に揺れて、
夏が終わる。


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