箱物語(仮)98
雨の裏の音。
ツヅキはそんな音を聞いたような気がした。
裏の音。
説明しづらいが。
ツヅキが思うに、
聴覚、鼓膜を刺激しないけれど、
音として過去の箱に記録されるもの。
そんなものをツヅキは感じた。
最初は、いいヘッドホンをはずしたとき、
あれと思った。
微かだけど何かが聞こえる、と。
カラットが、
「雨ふってんなぁ」
と、ぼやいたのを耳にして、
ああ、雨音か、とは納得したけれど、
明らかな雨音のほかに、微かに歌が聞こえた、ような気がした。
このことは黙っている。
けれど、心地いい歌だった。
静けさの裏に微かにある、音。
ツヅキはそれを探すのがちょっとした楽しみになっている。
声かもしれない。
チェロの音かもしれない。
高い低いは関係なく、
裏の音を見つけると、ツヅキはちょっと嬉しくなる。
このことは、あまり話すものじゃないとは思っている。
ルカあたりは、きっと聞いたら眉間にしわがよるに違いない。
ツヅキも最近裏の音を見つけたばかりだから、
ただの気のせいと言う可能性もある。
けれど、ツヅキは心地いい裏の音をちゃんと記録していて、
それがなんであれ、
ツヅキはその記録を宝物のひとつにしている。
最近雨が続いている。
夏が終わって、
涼しくなって。
たまには台風なんかも来て。
雨が降って。
気温が下がって。
その季節の変わる音かもしれないとツヅキは思う。
あるいは。
この世界の過去の箱から漏れ出した、微かな何かかもしれない。
それならシジュウが何かわかりそうなものだけど。
幻の音でもいい。
この世界は表だけがあるわけでなく、
裏だけがあるわけでなく。
ごちゃごちゃしていて、
見るべきものを選ぶのは自分。
そして、聞こえるものから宝物を選んだのも、自分。
雨音。
その裏に、ツヅキの聞こえる裏の音。