箱物語(仮)104


ヤンはいつものように運転をしていた。
助手席にはルカがいて、
後部座席にはカラットとツヅキが春眠暁を覚えていない。

町を車は走る。
道はヤンの頭に入っているから問題はない。
あとは、帰るだけ。
いつものように。

いつものように。
人から見えることを拒絶している自分たちの、
いつものようにとは一体なんだろうか。
ヤンはちらっと考えることがある。
考えるが、言葉にしづらくて、していない。
文庫本が好きなヤンは、
言葉にならないことはあえてそのままにする。
自分で表現するほど、言葉に責任が持てないと思うからだ。
形にしてしまったら、
言葉にしづらい、それ、が、異形の存在になって、
ヤンをむしばむような気がした。

窓の外を見ていたルカがため息をついた。
「ヤン」
「はい?」
「生き物って、何かしらね」
ヤンは言葉を探す。
戯れであっても、適した言葉を。
ルカはそんなヤンの努力を知ってか知らずか、
「強いばかりの生き物、見えるばかりの生き物じゃないわよね」
と、話の見えにくいことを話す。
「そうですね」
ヤンは相槌を打つ。
「私たちもまた、生き物。生きているのよ」
ルカにしては珍しい言葉かもしれない。
驚きを隠しつつ、ヤンは安全運転。
「あるいは」
ルカは続ける。
「記憶から生まれる生き物もいるのかも」
「それは…?」
「わからない。異形のものかもしれない。それでも」
ルカはちらとヤンに視線を投げた。
「私たちは生きている。記憶になくても。見えなくても」

ヤンは微笑みを浮かべた。
そう、生きているのだ。
もし自分が物語の登場人物のような、
文字だけ言葉で構築された存在であっても。
生きている。
ヤンはそれがうれしかった。

「安全運転でね」
ルカはそういって、また、窓の外に目を向けた。

後部座席では、後輩たちが眠っている。
春眠暁を覚えず。
ついたら起こすのは、ヤンの役目だ。

春の道を、車は安全運転で走る。


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