箱物語(仮)105
どこかの仕事が巡り巡って。
ルカは軽自動車を運転していた。
どこかの神社に向かうということになっている。
話を少し巻き戻すと、
上司であるところのシジュウが仕事を持ってきた。
なんでも、
仮にA神社とするが、
その神社の桜に、想いがたまりすぎていて、
一種、過去の箱が破裂するような状態に近いという。
いろいろなところを回った案件らしい。
神社の管轄、樹木の管轄、
回ってきたのが、過去の箱の管轄だ。
ルカは小さくため息をついたが、
ここはそういうところだと、自分を納得させた。
A神社まで、
軽自動車は軽快に走る。
天気は恵まれていて、
ドライブならそれもいいかもしれない。
A神社に到着すると。
少年が一人、ルカを導くように先に立って歩いた。
神主などという人物ではないようだ。
桜の木の前まで少年は案内して、
「ころす、のですか?」
と、ルカに問う。
桜の木の根元には、老婆がいた。
過去の箱が破裂せんばかりの、
死に近いところにいる老婆だ。
ルカは何となくわかっている。
この老婆も、少年も、
神社の中の精霊か何かだ。
彼らは人より長く生きる。
過去の箱が彼等にもあるとしたら、
人がかけた願いや祈りはどこへ行くのだろう。
ルカは、つかつかと老婆に歩み寄って、
その枯れ木のような手を取った。
「願いや祈りを、かけたものに返せば、もっと生きられます」
ルカはそういう。
老婆はゆっくり首を横に振った。
精霊としてのプライドなのだろう。
かけられた願いは、最期まで持っていくつもりだ。
神社の澄んだ空気が、
桜の老婆をやさしく包む。
ルカは、老婆の手を、両手で包むと。
「よく、生きました」
ルカに言えるのは、これだけだ。
老婆は微笑んで、精霊がそうであるように形をなくした。
数日後。
A神社の老桜は切られたという。
よく生きた。
ほんとうに、よく。
今年も桜が咲く。
精霊はどこにでもいる。
そんなことを思うようになるのは、
人に見えない過去の箱が見えるせいもあるかもしれない。
願いや祈りは世界に帰ったと、ルカは思いたい。
桜がその身に包んで、優しく世界に帰ったのだと。
ああ、自然の前には、展開刀すらいらない。
中庭の桜は今年も見事で。
ため息が出るほど、見事で。