箱物語(仮)108


待機室に今年も冷房が入ってしばらくした夏の日のこと。
ヤンは筆ペンと葉書を買ってきて、自分の席に着く。
ちらっとルカがそちらを見たが、何も言わずに作業に戻っていった。
大騒ぎをするのはカラットだ。
「なんすかなんすか、なにするんすか?」
「暑中見舞いはがきを、出そうと思いまして」
「しゅちゅーみまい?」
「暑くてばてていませんかという、お見舞いはがきですよ」
「へー、あれか、ご挨拶っすか」
「そうそう」
ヤンは微笑んでうなずく。

ヤンは筆ペンを持って、懐かしい顔ぶれを思い出す。
さすがに住所までは頭に入っていなくて、
電子箱頼みだけれど。
みんなが今も笑顔だといいなとは思う。
時間の止まったような仕事をしているヤンだけども、
みんなは今どうしているだろうか。

「幸せそうな顔してるわね」
ヤンにかかった声はルカで、
あきれ半分の笑顔でヤンを見ていた。
「たくさんの笑顔を思い出せるって、幸せなのね」
「そうかもしれません。ルカさんは?」
「笑顔に割く空き容量はないの」
「そうですか」
ヤンは踏み込んで話をしない。
ルカのプライベートのことは、気にしないふりをするに限る。

「ルカさーん、住所教えてくださーい」
大声を上げたのはカラットで、
片手に葉書がある。
ルカは大げさにため息をついて、
「はやりなの?」
と、つぶやく。
「カラット君にも勧めたんです、暑中見舞いはがき」
「それで、なんで私の住所?」
「みんなに出すみたいですよ」
「みんなに」
「ルカさーん、住所ー」
「ちょっと待ちなさい、まったく…」
ぶつぶつ言いながらルカはカラットに住所を教える。
大げさにため息をつくと、
「こちらも住所をお願いします」
と、ヤンが笑っていた。

何が楽しいんだかとつぶやきながら席に戻っていくルカ。
外はじわじわ暑くなってきていて、
猛暑も近い。
そんな折の、お見舞いはがき。

ルカが葉書を買いに行くのは、この少し後の話。


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