箱物語(仮)109


時間の止まったような仕事。
あっちこっち現場に出ているのに、
誰にも認識されない仕事。
ルカは仕事に対してそういう認識で、
ヤンあたりも似たような認識らしい。

ルカは、電子箱に今日も記録を落としていた。
自分の過去の箱の空きを作っていた方が安心する。
ずいぶん前からしみついた、ルカの習慣だ。
過去の箱がいっぱいになると、人は、死ぬ。
ルカの生きる欲求なのかもしれないし、
また、この仕事をしている以上、
そうあらなければいけないという、
強迫観念なのかもしれない。

ルカは幸せになりたいのか。
記録を自分から取り出し、電子箱に落とす行為は、
どうも幸せとは遠い気がする。
気がするだけで、近道だ、ということもあるまい。
ルカはプライベートでは、タカハと幸せになりたい。
なりたいけれども、
ルカ自身は、この仕事のために記録をどんどん切り取っている。
切り取って過去の箱の空きを作って。
そうして、生身のルカの記録が、空虚になろうとも。
ルカはそうするしかないのだ。

いつかずっと時間が過ぎたとき、
ルカはそのままなのに、タカハが老いていることがあるかもしれない。
ルカはそのことを考えないようにしているし、
結論を先送りしている。
このままでいいのか。
この仕事を続ける以上、
記録を切り取る行為はずっと続く。
ルカがそれでよくてもタカハはいいのか。

ルカの眉間にしわがよる。
視界が悪いためでない。
考えたくないことをうっかり考えたせいだ。
感情のうまい発露の仕方も忘れた。
いったいどのくらい電子箱に記録を落としただろう。

結論は先送りで。
今日もルカは電子箱に記録を落とす。
生きていたいが、ゆえ。


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