箱物語(仮)115


海の底は涼しかろうか。
それとも暗くて冷たかろうか。

シジュウは、海開き間もない海に来ていた。
ただし夕方。
海遊びにへとへとになった連中は、
引き上げにかかっていて、
あとは夜になれば砂浜で花火なんてするのかもしれない。
シジュウはひとり、砂浜を歩く。
足跡がたくさん。
楽しんでいった者たちの足跡。
潮が満ちればすべて消える。

これから子供たちは夏休みで、
たくさんの思い出という記録を作る。
その思い出をたくさん詰めていくと、
過去の箱はいっぱいになって、
老人になるころには壊れる。
それでも、
シジュウは記録が山ほど増える、
夏休みの思い出を否定したくない。
過剰に、夏の日差しのようにキラキラした、
その思い出で子供の笑顔が輝く。
それを否定しては、
シジュウはまるで人間じゃないみたいだ。

夕方になっても、
海辺はまだ熱が残っている。
シジュウの過去の箱は、
シジュウを中心に、
海まで覆う。
海の底は、
暗くて冷たいだろうか。
そして、何よりも静かだろうか。

シジュウの過去の箱はどこまでも広がっている。
死ぬことがないような。
これは本当に生きているのだろうか。
夏休みの思い出で記録を増やす、
あんな風には生きられないのだろうか。

シジュウの過去の箱は無限であるかのように。
海のようだとシジュウは思う。
それならば、ここは海の底か。
過去の箱の底。
パンドラの箱なら希望がある。
ここには希望があるだろうか。
シジュウの過去の箱の中、
希望なんてあるだろうか。

希望とは、
キラキラしているものだとシジュウは思う。
そう、夏の思い出を一杯記録として詰めた、
あの過去の箱のように。
生きている子供。
夏を目いっぱい走り抜ける子供たちの、
あの輝きは希望の色に似ていると思う。

日は沈み、海は輝きを落としていく。
この海の中にも、
大きな海にも、
輝く希望がどこかにあるものだろうか。


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