箱物語（仮）１１８
嵐が近い。
季節が外れた台風は、
超大型だという話だ。
神経探偵スパークは、
ゼロ番区のごみごみした街にやってきた。
遺伝子は一緒の、兄弟がいる。
ミスター・フルフェイス。
モグラのように地下に記録媒体をためている。
どのくらい記録があるのかはわからないけれど、
この台風で大変じゃなかろうかと思って、
尋ねに行く次第だ。
公共の放送で、
避難は早めにとかなっている。
あの兄弟が避難するとは考えにくい。
人の前に出るのが極端に嫌いなやつだ。
このままほっといたら、
記録と心中するかもしれない。
それは嫌だなぁと思う。
いつから自分たちは普通でなくなったのだろう。
神経をつないだり、地下にもぐったり。
二人で見た普通の景色は一体どこに行ってしまったのだろう。
記録にあるはずなのに、見つからない記録。
モグラのような兄弟の媒体には入っているだろうか。
スパークの中には、どこにあるかわからない。
ゼロ番区の一角。
ミスターフルフェイスの住まいにやってきて、
扉をノック。
『開いてるよ』
合成音声のような声。
いつもと変わらない。
開けて入ると、いつものように記録媒体の山。
その真ん中の穴から、
フルフェイスのヘルメットが顔を出す。
「嵐が来るらしい」
『大丈夫だよ。対策はしてあるよ』
「水浸しでひどくならないか？」
『心配してくれるんだね』
「まぁな」
『うれしいな』
スパークは少しびっくりした。
こいつにそんな人間みたいな感情があることに。
『本当はびっくりしたんだ』
「何がだ？」
『君が心配するなんて人間っぽいなと思って』
スパークは苦笑いをする。
そうか、お互いそんな風に思っているのか。
やっぱり自分たちは兄弟だ。
「せっかくだから、昔の話でもしないか？」
『そうだね』
ゼロ番区のごみごみの街。
嵐がやってくる。
そのごみごみの街の片隅、
普通でない兄弟が昔を語り合う。
普通であった頃が、彼らに存在していたのか。
二人が見た景色の記録を語り合う。
昔の自分を知っている存在は、
とても大切なものだ。