通りすがり
その日は酒も飲まずに、
食事をいつものようにとって、
暗くなったらシャワーを浴びて寝る。
マーヤの町は静かだ。、
崖に囲まれた中で、騒ぎが起きるわけでもなく、
昨日の晩のように、町の明かりが少ない。
ネジはベッドの中で寝返りを打つ。
サイカを起こすわけにもいかない。
だからネジの中の少ない情報の中で、
ネジはいろんなことを考える。
寝なくちゃいけないけれど、
明日はグラスを越えるから、しっかり眠っておかなくちゃいけないけど。
何でか眠れない。
少ない情報をどうにか整頓したい。
でも、整頓の鍵をくれるのは、いつだってサイカだ。
(ずっとサイカ頼みでもいけないよね)
ネジは考える。
ニィは罪人にならなかった。
ネジが涙にした。
(俺は聖職者でいいのかな)
記憶はないし、祈りもささげられない。
ラプターで涙にするだけの聖職者。
そういえば、なんで弔えるのだろう。
どういう仕組みなんだろう。
弔いの銃弾がないのに、どうして涙にできるのだろう。
(そのうちわかるかな)
ネジは自分の内側に意識を向ける気分になる。
すっと、歯車のイメージが走り、
ゆっくり時を刻んでいる。
透明の歯車が回っている。
歯車はもしかしたら永遠に回っているのかもしれない。
歯車はどこから来た?
ぜんまいを巻いていないのにどうして回る?
遠くに近くに、青白い歯車を感じる。
喜んでいる彼女が、
ステップを踏んでいる。
それは永遠のようでもある。
彼女の手を取って、一緒に踊りたいと感じた。
届かない。
いつか届くだろうか。
あのときのように。
あのとき?
ネジはまぶしいと感じる。
いつの間にか熟睡していて、
しかも朝が来ていたらしい。
隣のベッドでは、身支度整えたサイカがいる。
地図を眺めている。
静かにページをめくる音がする。
どこに行こうか考えているのかもしれない。
ネジは起き上がる。
夢のことを思い出そうとするのに、
歯車が出ていたことしか思い出せない。
何かに届かない感じだけがした。
何なのだろう。
「起きたか」
「うん」
「身支度整えておけ」
「うん」
ネジはシャワーを浴びて、
一通り身支度を整える。
サイカと、朝のマーヤの町に出て、朝食を取る。
念のために弁当も作ってもらう。
静かなマーヤの町の朝の時間が流れる。
マーヤの中心大通りを車で行けば、
マーヤの峠側の口に出て、
そこからグラス越えの峠に出るらしい。
ネジはなんとなく思う。
大戦とか言うので、
グラスを越えてきた人(戦う人)を、
この町で止めていたのだろう。
なんというか、食い止めるみたいなの。
ネジは残りの食事を平らげる。
サイカは早々に食べ終えて、コーヒーを飲んでいる。
「あ、ここにいた!」
聞き覚えのある声がする。
ネジがそちらを向くと、入り口に新聞師がいた。
「大変です!トランプが!」
サイカは席を立つ。
ネジも残りのものを飲みきり、弁当を手にして立ち上がった。
「中央が、中央が、派遣されている召喚師を、殲滅させると」
新聞師は必死になって伝えようとする。
「それは今日の新聞か?」
サイカが問うと、新聞師はこくこくとうなずいた。
サイカがため息をついた。
「とりあえず、トランプはそのつもりだろうな」
「どうしたら」
新聞師はおろおろする。
「アル、さん」
ネジが声をかける。
「昨日は涙を流しましたか?」
新聞師はうなずく。
「たくさん、たくさん。思い出とかいろいろ混じったのが」
「よかった」
「あの涙は…」
「感じたままです」
「そうですか…よかった」
「よかった?」
「よくわかんないですけど、ニィが喜んでる気がしたんです」
ネジはうなずく。
サイカが食事代を払って出て行く。
ネジも後を追う。
「あなたたちは何者なんです?」
新聞師がその背に問いかける。
「通りすがりの旅人です」
ネジは答えて、走った。