船旅


転送をしてからの揺らぎが収まり、
ネジは車のキーを回した。
車はぶるぶるとうなりだし、
ネジの導くままに、転送院を後にした。

転送院を出ると、そこは海の見える高台だ。
磁器色の転送院のすぐ近くは、
がけっぷちになっていて、
がけっぷちのその近くに、わりと急な坂道が続いている。
ネジはブレーキを踏んで、
じっと海を見る。
島がいくつも見える。
そして、夕焼けに赤く色づく海と空。
沈みながらも輝く太陽。
「すごいや」
ネジは感嘆する。
この空を、海を行く技術があるらしいことは聞いている。
どんなものだろう。
昼間ならやっぱり真っ青なんだろうか。
真っ青の海の下に魚がいる。
真っ青の空の上に鳥がいる。
その間に人がいる。
それだけのことが、なんだか素敵に感じられた。
ネジはゆっくりブレーキを戻し、
慎重に坂道を降りていった。

転送院は、ひとつの小さな島の上にあったらしい。
坂道をずっと降りていくと、
そこは、船の発着所だった。
小屋がひとつ、
桟橋がひとつ。
近くに車をとめ、
サイカが交渉に出た。
ネジは車で待っている。

小屋で男が何かしている気がする。
連絡だろうか。
ことは何も荒立つことなく、
夕日が沈もうとしているばかりだ。
小屋の上にある青白い歯車が、
ゆっくりと回っている。

サイカが戻ってくる。
いつもの無表情で車に乗る。
交渉はどうなったのだろうかと、ネジは心配する。
「まもなく、車も積めるほどの船が来るらしい」
「そりゃよかった」
ネジはほっとする。
「船でトーイの町へ。この島からそう遠くはない」
「ふむふむ」
「そこで宿を取る」
「地図だとどこ?」
サイカは地図をめくる。
グラスシャンは、島がいくつも浮かんでいるグラスらしい。
サイカは転送院の位置を示す。
「それで、町は?」
「ここだ」
距離にしてそう遠くはない。
車で夜を明かすことにはならないようだ。
旅慣れしていないネジは、
それがちょっとありがたかった。

ネジは車のエンジンを止める。
野宿ってどんな気分だろう。
技術が発展して、
車でたいてい、どこにでもいける今、
野宿なんて死語かなとも思う。
脅かすものは何もないし、
平和にグラスをわたっていける。
旅だって危険じゃない。
トランプが追ってきているかもしれないけど、
サイカがきっとやっつけてくれるはず。
ネジもがんばらなければ、だめかなぁとも思う。

あたりが暗くなり始めた頃、
遠くから海をやってくる明かり。
小屋から男が出てきて、
桟橋近くに強い明かりをともす。
「あれかな」
「そうだな、いくか」
ネジはエンジンをかける。

小さな港に船が入ってくる。
巨大ではないが、
ネジとサイカの乗っている車なら、
すっぽり積んでも余裕がある船だ。
「おおい、ここから乗せなさい」
小屋の男がランプらしいもので誘導する。
ネジはライトをつけ、誘導に従う。
あたりはずいぶん暗くなってきた。
慎重に慎重に。
分厚い鉄板の上を通って、
車は船の車庫に入る。
「それじゃあなぁ」
小屋の男が大声を上げて見送ってくれた。

車庫の適当な位置に車をとめる。
かんかんかん!
鐘の音と、
ボーっという音がする。
汽笛というやつだろうか。
船がふらりふらりと揺れて、
動き出しているのを感じる。

車庫に、船員がやってくる。
サイカが乗船代金を払う。
「ずいぶんレトロな車ですね」
船員は車をしげしげと見る。
「珍しいか?」
「ええ、このグラスでは空か海ですからね」
「喜びの歯車で、か」
「そうですね」
船員は答える。
「この船も歯車動力です」
「なるほどな」
「まもなく到着します。くつろいでお待ちください」
「わかった」

船員はどこかへ戻っていき、
車庫に静けさが戻った。


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