知らない名前


ネジは朝の身支度を整える。
サイカが整えてくれない分を念入りに。
服もいつもの黒い聖職者の服。
あんまり暑い寒いは関係ない。
町に滞在中に、一度クリーニングかけたほうがいいかなぁ。
下着は替えてるけど、どうも気になるかなと思う。
何せ砂漠の中を来たわけだし、
ネジはサイカと相談しようと思う。
ラプターをいつものように腰に下げて、隣の部屋に行ってみる。
盗まれるものはないけど、一応ネジの部屋に鍵をかけて。
隣のサイカの部屋のドアをノックする。
こんこん。
静けさ。
ネジはおかしいなと思う。
ためしにドアノブを回してみる。
鍵はかかっていない。
ネジはそっとドアを開けてみる。
「…サイカぁ」
そっと呼びかける。
ラジオがつきっぱなしになっている。
静かな音楽が流れている。
サイカはベッドで眠っていた。
厳しい緑の瞳はまぶたの下で、
呼吸音が聞きにくいほど熟睡している。
(起こしちゃまずいかなぁ)
ネジはネジなりに考える。
勝手に部屋に入ったのもまずいし、
これで起こしたら、ただの迷惑な人だ。
(サイカも一人で、のんびりしたかったのかな)
ネジがささやかな自由を手に入れて、
お酒を飲むんだと言っているのと同じくらい、
サイカも休みたかったのかもしれない。
何でも知っていて、とても強いというのも、考え物なのかもしれない。
「いつもありがとう」
ネジはそっと声をかける。
熟睡しているサイカが、わずかに眉をしかめる。
起きちゃうかな。
ネジはそろりそろりと部屋から出ようとする。
サイカが寝返りを打った。
起きていない、大丈夫。
ネジがそっとドアを開けると、
一言だけ、サイカの寝言が聞こえた。
「アリス…」
ネジの頭に疑問符。
でも、まずは逃げることが先決。
ネジはそっとサイカの部屋を後にした。

ネジは部屋に戻ってきた。
相談しようと思ったらサイカまだ寝てるし。
一人で朝飯食べにいっちゃうぞと思う。
それにしても、だ。
「アリス?」
ネジは何かを思い出すような気分になるが、
女性の名前だということが、ひらめいたくらいで、
他のことが、どうも夢を探るみたいに、もやもやしている。
何で女性の名前だとわかるんだろう。
初めて聞くような名前。
いや、聞いたことある名前。
なんでだ?
何でサイカの寝言を聞き覚えがある。
「うー…」
ネジはいらいらする。
いらいらしつつも思う。
これはサイカに聞けないなぁ…
寝言をこっそり聞きましたなんて、
非常識にもほどがある。
なんか、あれだ、
親しき仲にも礼儀があるんだから、
礼儀知らずだということを、ばれちゃいけない。

アリス。
大事な人の名前の気がする。
もしかしたら、サイカの大事な人なのかも。
よくわかんないけど、
夢に見るくらい印象的な人。
アリス。
どんな人だろう。

ネジの部屋のドアを、ノックする音がする。
「はぁい」
ネジは考えを中断して、
ドアの元へ。
魚眼レンズを覗く。
昨日は確認しろといわれたし。
レンズの向こうで、眼鏡のないサイカが待っていた。
いつもの真っ黒い執事服を着込んでいる。
そうそう、服について聞きたいことがあったんだっけ。
それから、昨日の夜にはハリーが来たこと。
話したいことは山ほど。
そういえば、サイカがお金払っているけど、お金の出所が気になる。
それも頼りないサイカのうちに聞いちゃえ。
ネジはネジなりに考える。
聞きたいことは山ほど。
ネジはドアを開ける。
「おはよう」
「ああ」
サイカはいつもの無表情で答える。
一見していつものサイカだ。
でも、近眼であちこち見えないという。
「今日の予定だけどさ」
ネジが話し出す。
「ふむ」
「朝ごはん食べたら、眼鏡屋さん探して」
「ああ」
「そしたら、服を買おう」
「たまには気分も変えたいか」
「そういうこと。で、今までの服をクリーニングしよう」
「わかった」

話がまとまり、
二人は朝飯にありつくべく、部屋をあとにした。


次へ

前へ

インデックスへ戻る