イーリアの眼鏡
ネジは心持ち、ゆっくり町を歩く。
サイカがついてきているかを何度も確かめる。
確かめながらも、看板を探す。
技術的な店が多いかなと、ぼんやり思う。
船は海を渡るし、
空を渡る機械だってある。
そういう職業の人にとって、
技術を売る側も、技術を使う側も、
きっと目というものは大事なもの。
だから眼鏡屋はあるはず!
ネジはそこまで考えて町を歩く。
見つからなかったら、それはそれでかっこ悪いけど、
とにかくあるはず!
ネジは振り返る。
サイカはゆっくりついてきている。
視界が悪いなんて、ぜんぜん思わせないが、
これでもサイカは困っていて、
ネジの助けを必要としている。
ならば不安にさせてはいけない。
「サイカ大丈夫?」
歩いてきたサイカに、ネジは声をかける。
「平気だ」
本当に平気そうに聞こえるから困る。
ネジは前を向く。
そして、通りを見渡すと、眼鏡印の看板を見つけた。
「サイカ、眼鏡屋あったよ」
ネジはうれしくなった。
その気持ちのまま、サイカの手をむんずとつかんで、大またで歩き出す。
サイカは何か言いたげだったが、
結局黙ってネジに引っ張られて歩いた。
眼鏡屋の扉を開く。
「すみませーん」
明るい店内に、
眼鏡のフレームがたくさん並んでいる。
「いらっしゃいませ」
眼鏡をかけた男が奥から出てくる。
サイカがすかさずネジの前に出る。
「すまないが、眼鏡の修理を頼みたい」
「かしこまりました」
「これだ」
サイカはポケットから、壊れた眼鏡を取り出す。
「これは…イーリア社の特殊型ですね」
「そうらしい」
「一時間ほどかかります」
「頼む」
サイカはフレームとレンズを男に預けた。
男は一式を持って奥に引っ込む。
入れ替わりに眼鏡をかけた女性が現れた。
「どうぞ、おかけください」
女性は丁寧にネジとサイカに席をすすめる。
奥から、何かをカリカリするような音がかすかに聞こえる。
ネジはなんとなく、眼鏡を修理している音だろうと思う。
女性はお茶を出してくる。
ネジは置かれた端から飲もうとして、
「あちっ」
いれたてのお茶らしい。
やけどをするかとネジは思った。
「イーリア社の特殊型の眼鏡なんて、珍しいですね」
女性が話しかける。
ネジはちんぷんかんぷんだから、
多分話しかけた相手はサイカだ。
「一番、かけ心地がよかっただけだ」
「まぁ」
女性は驚いたらしい。
「あの眼鏡は人を選びますね」
「そうか」
サイカはそっけないが、
ネジは興味しんしんだ。
「人を選ぶ眼鏡って?」
ネジはたずねる。
女性が答えてくれる。
「基本的に、イーリア社の眼鏡は一点もので、一つ一つ癖があります」
「レンズとフレームだけで?」
「そこに癖が現れるのです」
「不思議だね」
「ですから、イーリア社の眼鏡が似合うということは、選ばれたものなんです」
「選ばれた?」
「眼鏡の神様に愛されてるんですよ」
女性は微笑んだ。
「そんなにすごいんですか」
「すごいのです。しかも特殊型ということは、この世にすら同じものはないといえます」
「すごいなー」
ネジは心からすごいと思うが、
サイカは無視して茶をすすっている。
「ところで」
女性が話しかけてくる。
「どうしてイーリア社の眼鏡が壊れる事態に?」
サイカはむせこんだ。
しばらく雑談をして時間をつぶし、
眼鏡が出来上がったらしく、
奥から男が出てくる。
「お待たせいたしました」
サイカは眼鏡を合わせる。
念のためにと視力検査をする。
ネジはその様子をじっと見ていた。
サイカはさほど大きくない眼鏡を、
いつものようにかけている。
いつものサイカが戻ってきたなとネジは感じる。
やっぱりサイカはこうでなくちゃ。
ネジはそんなことを思った。
「またおこしください」
見送られてドアを開く。
「いくぞ」
サイカが先にたって歩く。
ネジは後からついていった。
このポジションのほうが落ち着くなとネジは思った。