チェシャ猫


ネジとサイカは騒がしくなってきた町を歩く。
いろいろな噂が飛び交っている。
「大戦艦ウミガメモドキは狙わないのかしら」
「あれも公爵夫人の持ち物だからね」
「トランプはハリネズミを投入するらしいぞ」
「中央が黙っていないぞ、これは」

ネジにはわからない単語が、これでもかと飛び交っている。
町の人には通じる単語なのかもしれないし、
サイカにもわかるのかもしれない。
サイカにたずねればいいのかもしれないけど、
どこから聞いていいのか、わからない。
サイカが足を止めた。
「見ろ」
「うん?」
「小型翼機だ」
ネジは空を見る。
太陽が輝いていて、よく見えないほうに、
紙をばら撒いている小型翼機。
号外丸だろうか。
「号外だよ!号外だよ!」
ばら撒かれる号外を、
ネジはどうにか手に取る。
「決戦の場は公爵夫人の庭にて!」
号外にはネジの知りたいことが記されていた。
いわく、
ウミガメモドキとは、グリフォンと同じ時期に作られた、
最強の戦艦で、実質最も大きな船である。
グリフォンを狙うなら、なぜウミガメモドキを狙わないか!
いわく、
公爵夫人は中央から派遣されている、二級熱量召喚師。
公爵夫人とは、通り名である。
召喚される熱量で、ハリーを焼き尽くすか!
いわく、
ハリネズミとは、トランプの特殊武器のひとつ。
フラミンゴで打ち込む形式の、
空中攻撃のための武器である。
フラミンゴの形態を変えなければいけないため、
ハリネズミは使い勝手が余りよくない。
それでも、威力はかなりのものである。

ネジはじっと号外に見入る。
ネムリネズミとハリネズミは違うのかなと思う。
「帽子屋と三月ウサギのことはないようだな」
サイカがつぶやく。
「なにそれ」
「いや、こっちの話だ」
「気になる」
「気にするな」
ネジはちょっといらっとする。
「ウサギはそこまで動いていないということだ」
「ウサギ」
ネジは復唱する。
ウサギクラスだと、すごいということじゃなかったか。
「ウサギってすごいの?」
「ああ、すごい」
「どのくらい?」
「中央の権力の一端を担っている。技術もものすごい」
「ふむ」
ネジはなんとなくわかった気になる。
サイカが認めるくらいすごいやつが、ウサギで、
ウサギは帽子屋と三月ウサギについては動いていなくて、
動いたらきっと大変なことなのだ。
多分まだ、帽子屋と三月ウサギというものについては、
サイカは教えてくれないのだろう。
そして、もうひとつネジは思い出す。
アリスという名前。
内緒で聞いた寝言だから聞けないけど、
なんとなく、関わりがあるのかもしれないなと思った。

黒スーツのネジとサイカは町を歩き、
食事などを挟み、宿へ戻ってくる。
時間はすでに、夜にさしかかろうとしていた。
夜中のハリー襲撃に備えてなのか、
それともいつものことなのか、
トーイの町は、こうこうと明かりがついている。
昨日よりちょっと騒がしく感じないでもない。
一度自分の部屋に戻ってきて、
結局、ネジはサイカの部屋にお邪魔した。
一人で部屋にいてもつまらない。
サイカは無愛想に迎えてくれた。
部屋に入ると、いつものようにラジオから音楽が流れている。
ネジはシングルベッドの端っこに腰掛ける。
サイカが何を話してくれるわけでもない。
ただ、きれいな楽器の音と、
遠くから騒がしいのがちょっとだけ聞こえる。
ネジはそれで十分かなと思う。
「明日には服が届くかな」
「そうかもな」
「車も出来上がるかな」
「そうかもな」
「今夜は大騒ぎみたいだね」
「らしいな」
「ハリーはどうやって盗むんだろうな」
「チェシャ猫は神出鬼没だ」
「ねこ?」
ネジは聞き返す。
「チェシャ猫。笑っている猫。どこにでも現れるうつろ」
「それがハリー?」
「だろうな」
「ふぅん…」

ネジは音楽に揺られながら考える。
わからない世界がたくさん、
中央から回っているなと感じる。
中央の中心に、誰かがいる気がした。
そんな、気がした。


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