潮風に吹かれて


ネジとサイカは港にやってきた。
隣の島への定期便が出ている。
次の便は、ちょっと待つことになりそうだ。
「どうする?」
「待つか」
「うん」
潮風に吹かれて、ネジとサイカは港の辺りを歩く。
ネジはぼんやりと、船がたくさんあるなぁなどと思う。
魚を取ってくる船だったり、何かを運ぶ船だったり、
みんな喜びの歯車で動いているのかな。
そしてそれは、狂ったことなのだろうか。
ネジはトリカゴを思い出す。
トリカゴは、忘れた感情を取り戻してほしかったらしい。
喜びだけでない感情。
怒りを取り戻して、ひとつ町が滅んだ。
そして、名前のわからない輝いた感情の子ども。
「なんなんだろうね」
ネジはポツリとつぶやく。
「なにがだ?」
「忘れた感情って、なんだろうなと思ってた」
「中央が要らないとした感情だ」
「それは、怒りの歯車のことと関係ある?」
「あるかもしれないな」
サイカははぐらかす。
もう、何度目になるかわからない。
ネジはネジなりに整頓しようとする。
中央は感情も支配している。
怒りの歯車もそれで隠している?
怒りというものを持つと滅びるのかな?
ズシロの町のように。
トリカゴだけの罪ではないと思う。
でも、トリカゴを撃てなかった。
なんでだかはわからないが、
トリカゴには生きていてほしいと思った。

ネジは空を見上げる。
太陽がまぶしい。
空の中を翼機が飛んでいる。
「きれいだね」
「なにがだ」
「空」
ネジはポツリとつぶやくと、
飽きることなく空を見る。
サイカも何も言わず、そばにたたずんでいる。

「空がそんなに珍しいかい」
不意に、老人の声がかかった。
ネジは顔を戻す。
声のあった方向を見ると、
釣竿を持った老人がいた。
「あんたら、この辺では見ない顔だな」
「旅人だ」
サイカが答える。
「そうかい」
老人は簡単に答える。
「釣りですか?」
ネジがたずねる。
「釣り糸をたらすだけさ、何にも釣れやしない」
「楽しいんですか?」
ネジの素朴な疑問だ。
「釣り糸をたらして思いにふけるのさ」
「どんな?」
「昔々のことさ。大戦のこととか、歯車のない時代とかな」
老人は言いながら、釣り道具を広げる。
何も釣らないというわりには、結構本格的だ。
「大戦の記憶はどんどん薄れていっているよ」
「そうなんですか」
「だから思い出しに、海に来るのさ」
「思い出しに?」
「海兵だったんだよ。海は戦場だったのさ」
老人は思い出しながらつぶやく。
「空にも爆弾を落としてくる翼機があったりしてな」
「その頃から翼機が?」
「そうさ、あんまり多くはなかったけどな」
老人は釣竿を振って、
釣り糸を海にたらす。
「あんたらからは大戦のころのにおいがする」
老人はつぶやく。
「みんな忘れちまったことを、何か覚えているんだろうな」
「俺は…」
記憶喪失だと言おうとして、ネジは口を閉じた。
言ってもしようのないことだ。
「大戦を越えて、中央は歯車で平和にしてくれたさ」
老人はネジとサイカのほうを見ようともしない。
じっと海を見ている。
あるいは、老人には過去が見えているのかもしれない。
「平和って何なんだろうな、海兵が命を賭けたことは何だったんだろうな」
老人は海に向かって問いかける。
海が答えてくれるはずもない。
「戦場には聖職者なんていなかった」
「でしょうね」
「みんな海に散っていったのさ」
「海に」
「海が聖職者を買って出てくれたのさ」
ネジは黙る。
ネジも聖職者みたいなものである。
「大戦で人を殺したら、大戦後には罪人になってな」
老人はつぶやく。
「罪人はみんな中央に連れて行かれたよ」
「どうして」
「さぁな、そうでない兵士も弔いの銃弾を剥奪されたりしてな」
老人は上を向いた。
そこには空がある。
「生きることも死ぬこともままならない。大戦ってなんだったんだろうな」
老人はふるふると頭を振った。
「死んでも腐るだけと決められた、この海兵の平和ってなんだろうな」

ネジは答えられなかった。


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