ジデの町


老人は黙った。
ネジは思う。
この老人も若いころは海兵として戦場に行った。
戦ったのだろう。
そして、人を殺したとして、
弔いの銃弾を剥奪されたのだろう。
それじゃ、この老人はどうなってしまうのだろう。
死んだら、罪人として、腐ってしまう運命なのだろうか。
今、弔ってやるべきだろうか。
ネジはラプターに手をかけた。
老人は振り向きもしない。
「やめておけ」
サイカがつぶやく。
「それは自己満足の行為だ」
ネジはラプターにかけた手を下ろす。
自己満足、言われればそうだけれども、
何とかしてあげたいと思った。
腐ることを思い煩わないようにしてあげたいと思った。
「気持ちだけで十分さ」
老人は振り返らないままで答える。
「聖職者は、海が買って出てくれた。それでいいのさ」
老人が釣り糸をたらしたまま、空を見る。
「ただ、弔えるなら聞いてほしいことがある」
「なんでしょう」
「罪人が武器にされていたら、弔ってやってくれ」
ネジは今までのことを思い出す。
罪人が武器にされて、フラミンゴとかになる。
命を道具にする。
中央はそういうことをしている。
なぜだろう。

「定期便が来た」
サイカは港の向こう側を見ている。
「それじゃ、俺たちはこれで」
ネジは挨拶する。
老人は軽くうなずいて、
また、考え事にふけったらしい。

チケットを買って、
定期便に乗り込む。
小さな船だ。
ネジとサイカのほかにも何人か乗り込んでいる。
隣の島には、ジデの町という港町があるらしい。
黒スーツ姿のネジとサイカは目立つが、
大して相手にされることもなかった。
おばさん二人が何かを話している。
ネジは噂話に耳を傾ける。
「やっぱり人殺しがいるのは、いやよね」
「そうそう、大戦といっても、殺したら罪人よね」
「うちのも寝たきりなんだけど、どうにかならないかしら」
「中央に引き取ってもらったら?」
「そうねぇ、どうせ腐るのに介護もないし」
ネジは何か叫びたくなった。
この平和の基礎になった人たちに、
なんて事を言ってるんだと。
ネジは戦争を正当化するわけでない。
でも、生き残ったから命がある。
腐らせるお前は何者だと。
ネジは感情がぐるぐるする。
噂話をしている、おばさんを殴りたくなった。
不意に、サイカがネジの肩に手を置いた。
「落ち着け」
ネジの感情が、すっと冷めていく。
「うん…」
おばさんたちは何も気がつかない。
ネジはなんだか苦しい気持ちになった。

ちょっと船に揺られて、
やがてジデの町に到着する。
港から見渡すと、
ジデの町は山の斜面に作られていて、
白い建物が斜面に沿って階段のように連なっている。
港はその一番下にあるようだ。
上へ上へと白い建物がある。
そして、山の上から翼機が飛び立っている。
羽ばたくように、滑空するように。
大きな鳥のようだとネジは思う。
空と海の間をすべるように。
「かっこいいなぁ」
ネジはつぶやく。
翼機は無駄がなくてかっこいいなとネジは素直に思った。
しばらく空を見上げていたら、
翼機が、ある方向に向かいだしているのに、気がついた。
「なんだろう」
山のようになっているジデの町の裏側にみんな向かっている。
何かあったのだろうか。
町のほうから誰かが大声を上げている。
「島影にすごいのがあったぞ!」
ネジは声を上げている男のほうを向く。
「盗まれたグリフォンだ、間違いない!」
港にいた人が、どんどん町に向かう。
そして、野次馬として島影に向かうのだろう。
「どうする?」
「別に気にしないよ」
サイカの問いに、ネジはどうでもいい答えをする。
多分ハリーが要らないとして置いていった物だ。
怒りの歯車でなかったから、
多分興味を失ったのだろう。
「町でも歩くか」
「うん」

ネジとサイカは、グリフォンのことで騒がしい町を歩き出した。


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