ネジは丸パンを食べ終える。
「ごちそうさま」
一応挨拶。
サイカがうなずく。
「明日はまた船に乗って転送院に行く。とりあえず寝ておけ」
「うん」
サイカは部屋を出て行こうとする。
「おやすみサイカ」
ネジがサイカの背中に言葉をかける。
サイカはうなずいて出て行った。

ドアが閉まってネジは一人になる。
小腹が膨れて、身体はいい気分になる。
心は相変わらず、ちょっと苦しい感じがする。
彼女が歯車を回している。
いいことなんだろうか。
ネジの思考はそこで堂々巡りする。
ネジは大きくため息。
「寝よう」
ネジはベッドにもぞもぞもぐる。
寝れば会えるかな。
記憶の中のおぼろげな彼女に。
期待をしつつ、ネジは眠りに落ちていった。

ネジは空間を落ちていく感じを持つ。
底もない気がするが、上も見えない。
それって止まっているのと同じじゃないかとネジは思う。
ネジは空間の中で目を凝らす。
何だろう、いつもの夢と違うぞと思う。
夢の中のネジは思い出そうとする。
歯車に会えない、と、思った。
よくわからないけれど、そう思った。
彼女は?
彼女は誰だ?
ネジは頭を振って、混乱を追い出す。
そして、前に向かって手を差し伸べる。
ひたりとした感覚。
中に入れないらしい。
感じる限り、これは壁だ。
壁、なぜ?
なぜかはわからない。
でも、いつもの夢とは違う。
夢のネジはだんだん思い出す。
歯車、彼女、聞き覚えのない声、再起動。
キーワードをポイポイ思い出す。
そして、聞き覚えのないあの声が、
壁を作ったのだろうと仮定する。
どうすればいいだろう。
ネジは両手を壁に当てる。
壁はネジを拒絶している。
黙って、静かに、中に入れないように。
この壁の向こうの彼女がいる。
どの方向を見ても壁は果てなく続いている。
「会いたいよ」
ネジはつぶやいた。
ネジの内側で何かが回っている。
それは、透明の…

ふつりと意識が切り替わる。
視界が変わったので、ネジは目覚めたことに気がつく。
ネジは苦しい気持ちを引きずっていた。
彼女との間に壁ができた。
それはとても苦しいことだ。
ネジは身を起こして窓を見る。
外は朝が来ていた。
あくびをひとつ。
トレードマークの赤い長い前髪をいじってみる。
寝癖は大してないが、
一応シャワーを浴びよう。
今日はグラスシオンに行く。
サイカが言い出したことだし、
サイカは何かを見せたいのかもしれない。
大戦の大元になったところ。
鉱石が取れるという。
昨日のサイカのことは思い出せるのに、
夢のこととなると、途端にあいまいになってきている。
「わかんないね」
ネジは一言つぶやいて、シャワールームに向かった。

シャワーを浴びて、サイカと合流して朝飯。
サイカにはやっぱり黒い執事服がなじむ。
黒スーツのサイカは、なんだか組織とかの悪い人みたいだ。
執事服だから、いい人というわけでもないけれど、
とにかく目になじんだサイカが、妙にうれしかった。
宿から少ない荷物をまとめて、チェックアウト。
その足で修理工場へ。
朝の町を歩く。
潮風、ウミネコ、活気のある港、
ネジの少ない記憶に、港町トーイが加わる。
「いい町だったね」
「ああ」
「整備終わってるかな」
「まだなら待てばいい」
「うん」

修理工場では、つなぎの女性が作業をしていた。
黄色い小さな車が、邪魔にならないようにおいてある。
女性がネジとサイカに気がついた。
「あ、来たんだ」
「整備は?」
サイカがたずねる。
「ばっちり、砂もだいぶ絡んでたけど、きれいにしたよ」
「助かる」
「それが仕事だもん」
女性はからからと笑った。

支払いを済ませて、荷物を積む。
燃料の予備もある。
「それじゃ」
ネジは軽く挨拶する。
「この町に来たら、またおいで」
ネジはキーを回す。
車が元気よく、うなりを上げた。


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