ニアミス


修理工場から、大通りへ。
青い空に朝日がまぶしい。
「右折、港だ」
サイカが指示を出す。
ネジは安全運転をして曲がる。
車の運転を覚えているのはなぜだろう。
ネジはぼんやり考える。
もしかしたら、記憶がなくなる前も、
こんな風に旅をしていたのかもしれない。
それっていいなとネジは思う。

港の定期便を探し、
転送院行きに乗り込む。
やっぱり船の底の車庫に車を入れるタイプで、
ネジとサイカは車に乗ったまま、船に揺られた。
甲板に上がってもいいのだが、
それを言い出すこともなく、狭い車で黙っている。
ネジはじっと考える。
なんだかとても安心する。
狭い空間で密閉みたいな状態で、
しかもふらふらゆれているのに、
それがとても心地いい。
サイカがいるからかもしれないし、
また、別の理由なのかもしれない。
「なんだろうね」
「なにがだ」
「気持ちいいなと思って」
「そうか」
サイカは腕を組んで黙ってしまう。
それでもネジはよかった。

遠くに音があるのを感じる。
汽笛の音だろうか。
喜びの歯車の動力の音だろうか。
ざわざわとなっている。
ネジは眠くなった。
何かとても安心できるところに帰ってきた気がする。

あたたかい闇を思う。
ただ、闇を。

かんかんかん!
軽快な鐘の音で目を覚ます。
船員が降りてきた。
「そろそろ転送院の港に着くよ」
「わかった」
サイカが答える。
ネジは姿勢を起こす。
なんだか丸まって寝ていたらしい。
壁の夢も見なかったなと考える。
なんだか、果て無く優しい闇。
そんなものを見た気がする。
「やみ」
ネジがつぶやく。
「闇がどうした」
「なんか安心できるね」
「グラスシオンでは、飽きるほど見る」
「なんで?」
「説明より、行けばわかる」
「ふぅん?」
ネジはよくわからないけれど、
心地いい闇がたくさんあるなら、
苦しくならずにすむかななどと考えた。

転送院の港に到着し、
ネジは車のエンジンをかける。
安全運転で船を下りる。
港を出ると上り坂。
崖のような道を小さな車ががんばって走る。
空と海はきれいな顔をして、
ネジとサイカを見送った。

やがて、磁器色の大きな転送院が見えてくる。
転送院はどうやら、
どこでも磁器色らしい。
白いような青いような、
塗られたような焼いたような。
いつものように転送院の門をくぐる。
転送院内の、転送所の陣へとやってくる。
黄色いローブの転送師が、
転送先を聞いて、転送を執り行う。
「おや」
転送師がなにやら気がついたらしい。
「中央から転送の予告が来ています」
「予告?」
「グラスシャンに誰かが来るようですね」
「鉢合わせですか?」
ネジがたずねると、転送師は笑った。
「そうしないのが転送師です。では、グラスシオンですね」
「お願いします」

一連の儀式をして、
転送師が輝く杖をトンと振り下ろす。
いつものように、転送が始まる。
白、黒、そして、闇。
視界がちらちらする。
どこかへ向かっているような一瞬。
その間に、ネジはすれ違った存在を感じた。
「誰?」
「トビラ」
それは短い会話。
ネジは転送の最中にトビラを見た。
気がつけば後姿だけ。
トビラにあった、そんな気がした。

彼女のそばにいなくていいのかな?
彼女?
誰だ?
だってトビラは…

ネジの頭の中の別のネジが、
何かを言いかけたところで、
ネジの意識が形を持つ。
少しずつ感覚が戻ってきて、
転送の記憶を忘れそうになる。

「トビラだな」
サイカがつぶやく。
「トビラ」
「奴じきじきにグラスシャンに赴いたな」
ネジは後姿だけを思い出す。
黒髪で背が高かった。
白い衣装を着ていた。
それだけ。

「グラスシオンにようこそ」
転送師が出迎えてくれる。
「具合はいかがですか?」
「ちょっとふらふらする」
「そういうものです。転送は空間をつなぐというものですから」
「慣れないね」
ネジはふるふると頭を振った。


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