ドットの町


転送所の陣の中、
ネジはふらふらする感じをたてなおす。
車を運転するのだ、ふらふらしてはいけない。
頭を振って、ため息ひとつ。
「行けそうか?」
サイカがたずねてくる。
「うん、だいぶよくなった」
ネジは首を左右に傾ける動作をする。
ふらふらした違和感はだいぶ減った。
「行かれますか」
転送師がたずねる。
「うん、行ってみます。お世話になりました」
ネジは車のキーを回す。
エンジンが動き出す。
「それじゃ」
ネジは軽く挨拶すると、車をゆっくり走らせた。

陣を出て、転送院を出る。
転送院にかがり火がたかれている。
いつもよりかがり火が赤々と見える。
そして、転送院を出てすぐにネジは気がついた。
暗い。
なんだか暗い。
ネジはライトをつける。
車のライトが前を照らす。
「夜?」
「グラスシオンではこれが昼だ」
「はい?」
ネジは思わず聞き返す。
「グラスシオンは、いつも夜のように暗いグラスだ」
「へぇ…」
「山がちの地形に、くわえて常闇だ。道を外れると落ちる」
「気をつけます」
ネジはいつも以上に慎重に運転する。
車のライトが頼りだ。

グラスシオンがどんなところなのか、
景色はほとんど何も見えない。
ただ、車のエンジン音と、タイヤの音だけが聞こえる。
無音というわけではないのだろうが、
闇が静かに存在している。
静けさが視覚化したら、こんな感じだろうかとネジは思う。
道を外れたら大変だからと、
ネジは集中をする。
集中しつつ、闇はやさしいなぁなどと思う。
なぜやさしいのかは説明つかないが、
闇は何かを抱きしめているような気がした。

時間感覚も、距離感覚もあやふやなまま、
車は照らされた道を走る。
何が出てくることもなく、
ごとごとと車は走る。
「サイカぁ」
「どうした」
「次の町までどのくらい?」
「そう遠くはないはずだ。転送院の近くにあるはずだ」
「ならいいけど」
「不安になったか?」
「不安じゃないけど、どこにいるのかは気になった」
「そのうち見えてくる」
「うん」

はたして、ネジの前に明かりが見え始めた。
ライトの反射でなく、遠くにかすかに。
「あれがドットの町だな」
「ドットの町」
「今でも鉱石の採掘をしていると聞く」
「暗くて平気なのかな」
「光鉱石というものがあると聞く」
「こうこうせき?」
「火をつけなくても、歯車で回さなくても、光を放つという鉱石だ」
「そんなのがあるんだ」
「ほかのグラスでは高く手が出せない」
「ふむふむ」
「グラスシオンでは、光源として利用されているという」
「なるほどなぁ」
遠くに見えるドットの町の明かりが、
ネジには不思議なものに見える。
光の鉱石。
火をつけるのでもなく、
歯車で動力を得るのでもなく、
反射でもなく光る鉱石。
見てみたいなとネジは思った。

ドットの町の明かりが近づいてきて、
車のライトで照らす周りに、
少しずつ生活が漂ってくる。
石が積み上げられている。
目を凝らせばトロッコがある。
そして、見間違うはずもない青白い歯車が見え始める。
どうやら町に入ったらしい。
青白い歯車がひっそり光っていて、
そして、町にはやわらかい光が漂っている。
ネジは減速する。
石らしいものを詰まれた建物の窓から、
どこもやわらかい、ほのかな光が漏れ出している。
そして、聞こえてくる音。
ごんごんごんと遠くで音がする。
がらがらがらと何かが崩れるような音もする。
「採掘の現場が近いんだろうな」
サイカがつぶやく。
ネジもうなずく。
町が働いている音だとネジは思う。
たとえば時計の音のようなものだったり、
鼓動の音のようなものだったり、
そういう、町の音だとネジは思う。

闇の中、
ドットの町の鼓動が響く。


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