音楽
サイカはいつものように、
宿に備え付けのラジオをいじる。
喜びの歯車をカチカチいじって、
ラジオから音楽が流れ出す。
サイカは椅子に腰掛け、
眼鏡の下の少しきつい目を閉じる。
穏やかに楽器の音が流れる。
何楽器というのだろうかとネジは思う。
サイカは音楽に聞き入っているから、
話しかけるのも、ちょっと野暮だろうと思う。
何より音楽がまじりっけなしの感じがするので、
言葉というものを混ぜてしまうのは、
ちょっと残念に思われた。
ネジはベッドの端に腰掛けて、
サイカと同じように音楽を聴く。
「音楽は」
サイカがつぶやく。
「音楽は大戦より前の文化だ」
「大戦より前?」
ネジは聞き返す。
大戦より前だというのに、
この純粋さはなんだろう。
「その頃には、まだ、楽器というものが、たくさんあった」
「音楽を作る道具?」
「そうだ、そういう文化があった」
「大戦の後はどうなったの?」
「喜ばせる文化でないとして、ずいぶん廃れた」
「残念だね」
サイカは軽くため息をつく。
「役に立たないとされて、廃れたものはいくつもある」
「そうなの?」
「それが中央の方針だ」
「やだな、なんだか」
ネジは、なんだかいやだなと思う。
音楽は、とても気持ちのいいものなのに、
何で廃れてしまったのだろう。
「一部の好事家のために、こうしてラジオで音楽が流れている」
「好きな人はまだいるの?」
「ごく一部だがな」
「それじゃ、音楽は死んでないんだ」
ネジはそんな言葉を選ぶ。
サイカはうなずいた。
「死んでいない。文化という魂は、受け継がれていく」
ネジはなんだかうれしくなった。
それから、ちょっと感動した。
心地よい音楽が流れている。
言葉を混ぜてもなお、純粋さを失わない文化。
「すごいね」
「ああ」
サイカは短く答える。
また二人は黙ってしまったが、
音楽が流れる部屋は、やさしく二人を包んだ。
一曲終わって、少しの沈黙。
静けさの隙間を、光鉱石の明かりがぬっていく。
「そういえばさ」
ネジが話し出す。
「祈りの文句とかも大戦前だよね」
「そうだ」
「サイカはどこでそれを覚えたの?」
サイカは祈りの文句を知っている。
大戦前のことを覚えるのは大変だと、
転送師あたりが言っていた気がする。
「独学だ」
「すごいね」
「覚えておきたいと思っただけだ」
「ふぅん?」
「あとで何かの役に立つこともある」
「そっか」
ネジはネジなりに納得した。
覚えたことは何かの役に立つかもしれない。
サイカはだから物知りなんだなと思った。
でも、と、ネジの中で疑問。
「知りすぎると消されない?」
ネジはニィや公爵夫人を思い出す。
サイカが消されるとしたらそれはいやだ。
「俺は大丈夫だ」
サイカは断言する。
「でも」
「心配するな」
ネジは口をつぐむ。
何を言ったらいいんだろう。
わからないけれど、サイカを失いたくない。
音楽が流れていく。
思いを優しくなでるように。
「俺は大丈夫だ」
サイカは再度繰り返す。
確かにサイカはすごい能力を持っているし、
頭もいいし、いろんなことを知っている。
サイカ一人でも大丈夫かもしれない。
けれどとネジは思う。
できればサイカを守れたらなと。
サイカはまた目を閉じた。
ネジも言葉が出てこない。
サイカにいろいろ言いたいのに、
何一つ言葉が出てこない。
サイカはどこから来て、どこに行くのだろう。
ネジはどこから来て、どこに行くのだろう。
二人でいつまで旅ができるだろう。
ずっとのような気もするし、
何かのきっかけで離れてしまうかもしれない。
いつまでも旅をしていたいなと思う。
いつまでも、いつまでも。
この音楽が受け継がれるように、
永遠というものがあるならそのくらい、
ずっと旅をできたら素敵だなとネジは思う。
ありえないかもしれないけれど、
そう思った。