落盤


音楽の流れている一室。
ネジは穏やかな時間を感じる。
不意に、小さく揺れ。
そして、がたがたがたっと大きく。
それから、外で大きく崩れる音。
遠くはないと感じる。
「サイカ」
「外だ」
短く意思を確認して、
二人は部屋を飛び出す。

宿から通りに出ると、
光鉱石で、ほの明るいところに、
人があちこち行きかっている。
騒動だ。
「なにがあった!」
「落盤だ!」
「2番だ!」
「誰か入ってたか!」
「うちの人が帰ってないんだよぉ!」
屈強な男がかけていく。
おろおろするおばさんがいる。
「うちの人を見なかったかい、うちの人だよぉ」
うわごとのように繰り返している。
騒動になっている通りで、
気にかける人は誰もいない。
立ち尽くして困惑するネジをよそに、
サイカは誰かをつかまえて情報を得ている。
「サイカ」
「2番坑道だ」
「うん」
ネジは歩き出そうとして振り向く。
おろおろしている、おばさんが目に入る。
「サイカ、ちょっと待ってて」
ネジは言い残して、おばさんに駆け寄る。
「ちょっといいですか?」
「あんた、うちの人を…」
ネジはおばさんの肩をつかむ。
「特徴を教えてください、探してきます」
「うちの人はね、うちの人はね」
「うん」
「左腕にいばらの刺青をしているんだ」
「顔は?」
「ひげ、そう、ひげがあるよ」
おばさんは幾分落ち着いてきたようだ。
「体格はいいですか?」
「ああ、誰にも負けない筋肉だよ」
「それだけ聞ければ十分です」
ネジはおばさんから手を離す。
「あんた…」
「連れて帰ってきます」
「うちの人は、2番坑道の担当なんだよ」
「はい」
「落盤が、おきたって」
「大丈夫です」
ネジは力強くそういう。
大丈夫。
おばさんは泣いてない。
涙はまだない。
「それじゃ」
言い残してネジは走り出す。
サイカがすぐに追いつく。
「気になっていたのか」
「うん」
騒々しい通りを、サイカが先にたって走る。
サイカは、2番坑道の場所も聞き出していたらしい。
迷うことなく騒ぎの中央を潜り抜けていく。

町から少し離れて、
それでも騒がしいそこへネジとサイカはたどり着く。
あたりは暗い。
光鉱石のランタンがところどころにつられている。
ネジは騒いでいる男達を見ながら走る。
特徴が当てはまる男はいない。
落盤が起きたそこで、
彼らは彼らなりに復旧を急いでいるに違いない。
でも、なかなか難しいようだ。
サイカは一度足を止め、
そして、落盤した坑道の入り口まで歩く。
ネジも続く。
「おいあんたら!落盤がおさまったわけじゃないぞ!」
「巻き込まれるぞ!」
怒鳴り声が聞こえる。
サイカはいつもの無表情で歩く。

サイカが坑道の崩れた入り口付近で止まる。
何かを唱えだす。
ネジはなんとなく記憶をしている。
これは、トランプをやっつけたときの、
祈りの言葉と同じ言語の、あれ。
サイカの右手が赤く輝きだす。
暗いそこでは、あのときよりも赤く。
構え、すっと右手を揺らす。
空中に何かを描く。
闇のそこで、ふわりと軌跡を描く。
「召喚」
サイカは唱える。
赤い右手が指を鳴らす。

パチン

瞬間、衝撃。
何もかもが粉々になったような気がした。
衝撃波が起きて、それからたくさんの砂が舞った。
爆発だと思ったのは、しばらくしてからだ。
ネジは衝撃の中で身をかがめる。
サイカが何かを呼び出した。
一体何をしたのか、まったく見当もつかない。

やがて、あたりは静寂に戻る。
「戻れ」
サイカが静寂の中で唱える。
サイカの赤い右手が輝きを失う。
そして、2番坑道には、大きく穴が開いていた。
ややあって、男達が騒ぎ出す。
「今のうちに探しにいくぞ!」
「おお!」
男達が走り出す。

「サイカ」
「なんだ」
「何を召喚したの?」
「大量の爆薬」
サイカはさらりと言い放った。


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