酒と悪魔


ネジとサイカは通りに戻ってくる。
宿に向かう途中に、
酒屋を見つける。
先にたっていたサイカが足を止める。
ネジも立ち止まり、じっと酒屋のほうを見る。
「欲しいか?」
「うん」
「あまり飲みすぎるな」
「善処します」
言いつつ、軽い足取りでネジは酒屋に向かう。
サイカは軽くため息をつき、ネジに続いた。

ネジがドアを開けると、
すっと冷気が頬をなでた。
「あ、お客さんだ」
ばたんと奥のほうで音がする。
そして、足音がパタパタ。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
三つ編みの女性が姿を現す。
「グラスシオンのお酒を探しに来たんですけど」
「ふむ、お客さん観光客?」
「どちらかというと旅人です」
「どっちも珍しいわね」
ネジは改めて酒屋を見回す。
光鉱石で照らされている店内に、
透明の瓶、透明の液体が多い。
「みんな透明ですね」
ネジが感想を述べると、
「グラスシオンでは、果実も穀物もなかなか育たないの」
「ふむ」
「間違いなく、おいしいのが水なの」
「そうなんですか」
「そうなの、そこに鉱石磨きと野草を少し」
「鉱石磨き?」
「特定の鉱石でろ過をして、酒として熟成させるのよ」
「ふぅむ」
「テルスって言うお酒が、そうして出来上がるわけ」
「テルス」
「冷やすと格別においしいのよ」
三つ編みの女性は誇らしげに言う。
ネジもうなずく。
「じゃあ、お店入ったときに、ひやっとしたのは」
「冷蔵庫にテルスを入れていたの」
「どのくらい冷やすんですか?」
三つ編みの女性は、にこっと笑った。
「水なら凍るくらいまでキンキンに。とろりとして極上よ」
「冷えてるのありますか?」
「風味の指定とかある?」
「おすすめのを少しだけもらえますか?」
「お客さん、お酒強くないの?」
「どうも弱いらしくて」
「なさけないの」
女性は快活に言うと、パタパタと奥のほうへと引っ込む。
冷気がまた、そっと頬につく。
冷蔵庫を開けたのだろう。
パタン、と、音がして、
女性が瓶を持って戻ってくる。
「むらさきラベルのテルス。グラスシオンといえばこれよ」
透明の小さな瓶に、ラベルが紫。
中の酒は透明で、霜がちょっとついている。
ネジはうなずいた。
「じゃあ、これください」

冷たいテルスを持って、
ネジは上機嫌になる。
どんなお酒なんだろう。
おすすめなんだから、おいしいだろうなとか考える。
暗いけれども光鉱石でほの明るい、
ドットの町の通りを歩く。
なんだか町があたたかい気がするのは、
光鉱石の明かりの性質なのかもしれない。
落盤で騒がしいのは一通り収まったらしい。
それでも活気が満ちている。
鉱石掘りの男だとか、
他愛もない噂をしている女性達だとか、
子どもが走っていったりしている。

「大戦の悪魔が出たって話よ」
「まぁ」
「赤い悪魔が、落盤を粉々にしたって言う話よ」
「誰が見たの、それ?」
「落盤を見に来たら、赤い悪魔の影が出たとか」
「まぁ」
「あたしも見た、赤いんでしょ?」
「それから、あのおっさんも死にかけたってねぇ」
「なんでも、死神が来たらしいのよ」
「死神の手元が狂って、生き延びたとか」
「まぁ」

サイカはすたすたと歩いていく。
ネジは何か言おうかと思ったが、
身元がばれていないならいいやと思った。
噂は噂。
死神でも悪魔でもかまわないやと思った。

「たいせんのあくま?」
噂をしている女性達がいなくなったのを見計らい、
ネジはそっと言ってみる。
サイカは眉ひとつ動かさない。
いつもの無表情でいて、不機嫌そうな顔だ。
「噂はいつでも勝手だ」
「まぁね」
「言いたいやつには言わせておけ」
「うん、そうする」
「で、お前は死神か」
「そうみたいだね」
ネジはしみじみ、グラスシオンが暗くてよかったなと思う。
顔とか身元がわからないのが助かる。
でも、こうしてわけわからない噂になるわけだけども。

「あくまだぞー!どかーん!」
子ども達が言いながらはしゃいでいるのが遠くで聞こえた。


次へ

前へ

インデックスへ戻る