この町の新聞師
ネジとサイカは宿に向かう。
ネジは一刻も早く、冷えたテルスを飲みたいと思っている。
自然とちょっとだけ足早になる。
そこに、誰かぶつかった。
「あ、すみません」
ぶつかったのは青年。
腕に緑の腕章をしている。
ネジはそれになんだか見覚えがあるような気がした。
緑の腕章、何だっけか?
「あ」
ネジは間抜けな声を上げる。
「新聞師さんか」
ネジの少ない記憶の中にある、
マーヤの町の新聞師、アル。
彼が緑の腕章をしていたなぁと、ネジは思い出す。
「そうです。ただいま取材中なんです」
新聞師の青年は答える。
「取材といいますと?」
「噂の赤い悪魔と死神を追ってるんです」
「そんなに噂になっているんですか?」
ネジは興味もあるけれど、ちょっとだけ居心地が悪い。
「何せ、落盤をふっ飛ばしたんですから、すごいのはいるんでしょうね」
「ふむふむ」
「それが大戦の赤い悪魔なのかは、わかりません」
「わからないんですか」
「噂が一人歩き状態ですね」
「大変ですね」
「ですから、真実を一刻も早く中央に送ろうと、ただいま取材中です」
「そうですか、がんばってくださいね」
ネジはそこで話を終わらせようとする。
「あ、ちょっとだけいいですか?」
新聞師が引き止める。
「なにか?」
「ここでは見ない方ですけど、旅の方ですか?」
「まぁ、そんなところです」
「噂では、聖職者の格好をした、死神というのがあるんですけど」
ネジはぎくりとする。
「死神がこんなところ、うろうろしているわけないですよね」
新聞師は、はにかんで笑った。
「引き止めてすみません」
新聞師が取材に駆け出そうとする。
「待ってくれないか」
声をかけたのはサイカだ。
「何でしょう?」
「今日の新聞はあるか?」
「あ、はい、届いたばかりのが店にあります」
「一部ほしいのだが」
「そういうことでしたら。店はこっちです」
新聞師が案内する。
ネジとサイカが続いた。
新聞師の店で、
サイカは届いたばかりの新聞をもらう。
「トビラがグラスシャンに視察、か」
サイカがつぶやく。
「何があったんでしょうね」
新聞師が誰ともなくたずねる。
「さぁな」
「旅人さんはそのあたりは知らないのですか?」
「わからんな」
サイカははぐらかす。
ネジはそれを見ながら思う。
いつものサイカの手だと。
「ハリーが出たり、グリフォンとか言うのが爆発したり」
新聞師が指を折りながら列挙する。
「公爵夫人が涙になったり」
ネジが思いついたままに言ってみる。
「あれ、そんな記事ありましたっけ?」
「ないですか?」
言いつつ、ネジは心の中で大慌てする。
「ああ、時計を残して消えたってのがあったかもです」
「あ、そうなんですか」
「涙になったのですか?」
新聞師が逆にたずねてくる。
「あの、時計を残すなら、涙になるかなぁと」
ネジはしどろもどろに答える。
「ああ、聖職者さんならそう思いますね」
新聞師は納得したらしい。
ネジはちょっとだけほっとした。
「しかしなぁ…」
新聞師が何か言いかける。
ネジはまた、心で大慌てをはじめる。
「トビラって、中央の偉い人らしいですよね」
「シロウサギだ」
サイカが補足する。
「ハートのクイーンと、どっちが偉いですか?」
「クイーン?」
ネジははじめて聞く言葉を、思わず聞き返す。
新聞師は、首をかしげる。
それを見たサイカが、
「こいつは、諸事情あって記憶が所々抜けている」
「あらら」
「常識を知らないことがずいぶんある」
「なるほど、頭でも打ちましたか?」
「そんなところだ」
ネジはサイカと新聞師の中で、
頭を打ったことにされてしまった。
かっこ悪いなぁと思うけれど、
記憶がないんだからしょうがない。
「ハートのクイーンはね、この世界の中心なんです」
新聞師が説明を始める。