統一規格


宿の部屋に戻り、一息つく。
ネジは部屋の冷蔵庫にテルスを入れる。
サイカが喜びの歯車をいじって、
出力らしいものを上げてくれた。
ためしにネジは冷蔵庫をちょっと開けてみる。
酒屋で感じた、冷気と同じくらいの感じが、
宿の小さな冷蔵庫からもする。
「これでおいしくなるかな」
「酒屋の言うことが本当なら、うまくなるだろう」
「楽しみ」
ネジはベッドの端に腰掛ける。
ベッドはどこにでもあるようなもので、
腰掛けるとスプリングが、ちょっとだけ反発する。
結構いろんなところを旅してきた気がするけど、
宿のベッドって、みんな同じように感じる。
ためしに寝転がってみる。
リネンとか言うのだろうか。
洗い上げたような綿のにおいがする。
「サイカぁ」
「どうした」
「ベッドや宿って全グラス共通?」
「ようやく気がついたか」
サイカは椅子に腰掛けている。
ラジオをかけようとしてやめたらしい。
「宿によってランクはあるが、中央に届けたら、そのランクのサービスをしなくてはならない」
「ふむふむ」
「俺達はいつも同じランクの宿に泊まっていた」
「それで、ベッドも冷蔵庫も一緒なの?」
「個性がないと言われれば、それまでだがな」
「へー、ぜんぜん気がつかなかった」
そして、そこでもなんとなく思う。
「何で中央に届けるの?」
「すべての職業を把握するためだ」
「ふぅん?」
「あまり余計なものがあってもいけないらしい」
何でだろうとネジは思う。
余計なものいっぱいも楽しいじゃないかと。
「資格、職業、店のあり方、ほぼ統一されているといっても過言じゃない」
「そうなんだ」
「外れると、トランプがやってきて、罪人だ」
「え?」
「覚えているはずだ、召喚師の一家」
「ニィ…」
「知りすぎたゆえに、トランプがやってきた」
ネジはそれをよく覚えている。
ネジが弔ったのだから。
ネジが手を汚して時計を埋めたのだから。
つまり、一般人のあり方から外れると、罪人になって…
「罪人って…」
「命を道具にされる。フラミンゴやハリネズミ。召喚される命になるものもいる」
「あり方から外れるだけで?」
サイカは軽くため息をつく。
「それが大戦後の世界を守っている…と、言われている」
ネジはなんだかわからなくなった。
みんな喜んでいるのに、
それはよくないことのように感じた。
そして、ネジはなんとなく思い出す。
「トリカゴ」
狂った歯車と言っていた、力学師。
喜びの歯車から、外れると罪人。
宿ひとつにしてもそうだった。
でも、でも、限りなく平和なのだ。
歯車が組み合わさって、確実に回るように、
平和にこの世界は動いている。
何かゆがんでいるとネジは感じる。

不意に、ネジの脳裏に映像。
ゆがんだ青白い大きな歯車。
彼女。

彼女?
誰だ?

ネジは身を起こして、頭を振る。
彼女はニィ?
彼女がわからないからニィにした?
「大きな歯車…」
ネジはつぶやく。
「ゆがんでいるか」
サイカがわかっているようにたずねる。
「うん、なんかゆがんでる」
「欠けているからな」
「うん」
「中央の大歯車と共鳴したな」
サイカはなんでもない事のように言う。
「…なにそれ?」
「飛び切り上等の輝鉱石で作った、動力の源だ」
「おおはぐるま」
「これ以上大きな物は作れない限界だという」
「それが、中央にあるの?」
「らしいな。最近システムが再起動されて、壁が立ったという」
ネジは首をかしげる。
わかるようなわからないような感じがする。
何で壁の向こうに彼女がいると感じるのだろう。
「大歯車は欠けている」
サイカが繰り返すように言う。
「ほかの感情の歯車が欠けていて、喜びだけになっている」
「喜びだけ」
喜びだけ、それはこの世界だ。
「怒りの歯車も、悲しみの歯車も欠けている」
「それはどこに消えたの?」
「さぁな」
サイカはまた、はぐらかした。


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