世界の仕組み


怒りの歯車。
悲しみの歯車。
欠けているとサイカは言う。
「サイカぁ」
「なんだ」
「欠けた歯車について知ってること聞かせてよ」
「ふむ」
サイカはかいつまんで語りだす。

もともと、歯車システムは時計を模した物だ。
中心の大歯車は4番まであり、
それぞれ、喜び、怒り、悲しみ、楽しみとあった。
隠されたぜんまい、そして、調節をする仕組み。
世界の大歯車は、それで始まった。
時計のように正確に。
仕組みを考え出したのは、ほかでもないトビラだ。
その動力が変質したのも、まもなくだ。
どうあったのかは説明つけられないが、
歯車は喜びだけになった。
そして中央はそれをよしとして、
喜びの歯車を複製して、民の動力源とした。

「ここまではいいか?」
「うん、続けて」

民は自然と喜びに染まっていき、
怒りや悲しみを忘れていった。
それが暴走すると、ズシロの町のようになる。
調速機と脱進機がないと思えばいい。
歯車が回るがままになるといったほうがいいか。
忘れられた感情が暴発すると、そうなる。
そう、怒りや悲しみは、
すでに忘れられた感情になりつつある。
そのほかの感情や感覚まで、麻痺をしている。

「悲しんでいる人を見たよ」
「それはお前が聖職者だからだ」
「うん?」
「悲しみを、涙を開放することができる」
「でも、弔いの銃弾を持っていないのに」
「それについては、そのうちわかる」
「そのうちかぁ」
「まだ聞きたいか?」
「うん、何でもいいから聞きたい」
「そうか」

人の中に時計が宿っているのは知っているな。
涙になったあとに残るものだ。
あの中には歯車があって、
感情や精神や寿命をつかさどっている。
わかっているかと思うが、
時計も歯車で動いている。
その歯車の性質は、
初期の世界の中心の大歯車と同じシステムのものだ。
四つの歯車。調速機と脱進機。それから、ぜんまい。
ぜんまいが全てほどけてしまうと、
寿命ということになる。
そう、怒りや悲しみは、
人の中に宿っているものだ。
表に出ることなく忘れられている。今ではな。
中央は喜びの歯車だけを刺激している。
そう、それがこの世界の平和というやつだ。
ゆがんでいると感じるのは、
あるべき歯車が回っていないからだろう。

「ふーむ」
ネジはうなる。
平和っていいことだと思っていた。
でも、なんかゆがんでいる。
感じていたことにサイカは答えを出してくれた。
でも、どうすればいいのだろう。
みんな怒れって言うのも何か違う気がするし、
みんな悲しめって言うのも違う。
どうすればいいのだろう。
これからどうすればいいのだろう。

「あるべき歯車」
「そうだ」
「中央に大歯車を戻せば世界がゆがまなくてすむかな」
「そうかもしれない。しかし」
「しかし?」
「どうするつもりだ?」
「彼女を解放したい」
ネジは自然にそんなことを言った。
意識したつもりはない。
それでも、自然と言っていた。
「彼女?」
サイカは片方の眉を上げた。
「アリスを思い出したか?」
「ありす?」
以前サイカが寝言で言っていた名前だ。
「…その様子じゃ思い出していないな」
「思い出せないけど壁の向こうに彼女がいるんだ」
「そうか、壁まで見ているのか」
言ってからネジはおかしいなと思う。
何でそんなことを記憶しているのだろう。
ネジの記憶はほとんど飛んでいるというのに。
「夢のたびにアクセスをしていたな。トビラが動くわけだ」
「夢のたび?」
寝るたびに何か見ていたんだろうか。
それが今、無意識に出たんだろうか。
「サイカぁ」
「うん?」
「アリスって言うのは?」
「そのうちわかる」
「中央に行けばわかるかな」
「多分な」
夢でも会えない彼女。
壁を思い出す。
どうにか壁を破りたいと、ネジの無意識が思った。


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