人である証


ネジはふと、時間が気になる。
「サイカぁ」
「どうした」
「今何時頃?」
「グラスシオンでなければ夕方だ」
サイカは時間を答えてくれなかったが、
大体の感じはつかめた。
そういえば、お腹空いていないなと思う。
食べていないのに、お腹が空いていない。
「サイカぁ…」
「今度は何だ」
「お腹空かない?」
「そうでもないな」
「何で空かないのかな」
「腹がちゃんと減るのは、人が人である証だ」
「うん?」
ネジは違和感を感じる。
それは、ネジが人でないような言い回し。
なんだか気になる。
「俺が人でないみたいじゃないか」
思わず口をついてでた言葉。
非難めいたものはない。
ただ、おかしいだろうと。
サイカは軽くため息をついた。
いつものように、様になる。
「自分がちゃんとした、人だと思っているのか?」
「え?」
返された言葉に、ネジはしばし言葉を失う。
人じゃない?
じゃあ俺は何なんだと。
「俺は…」
「そのうち思い出すだろう」
「思い出すかな」
「それが人間ごっこの終わりになるかもな」
ネジはなんだか胸が痛いような錯覚をした。
つらいなと思った。
これはある種の悲しみかもしれない。
ネジの内側には悲しみがある。
みんなと同じように時計があって、
時計の歯車に、悲しみがある。
俺は何も変わらないとネジは言いたい。
言いたいけれど何も言えない。
サイカも同じかもしれないのだ。

「俺は、悲しめる」
ネジは言葉にする。
「そうか」
サイカはいつもの無表情のまま、答えた。

「俺は」
何か言おうとしたそのとき、
ドアがノックされる音。
やや力を入れすぎている感がある。
「どちらさまでしょう」
ネジがドアに駆け寄る。
覗き窓を覗くと、見慣れない筋肉質のおじさん。
鉱石掘りをしているのは、なんとなくわかるが、何でここにと思う。
「すんません、入れてくれませんか」
おじさんはぼそぼそと、ちょっとはばかるように言う。
ネジはサイカに意見を求める。
サイカは、うなずくだけで返した。
ネジはそっとドアを開ける。
大柄で筋肉質のおじさんが入ってきた。
「すんません、ちょっと堂々とできる話じゃないんで」
おじさんは、できるだけ小さくなるようにしているらしいが、
大きな身体はそれでもネジより大きい。
「まずは、あのおっさんを助けていただいて、ありがとうでした」
おじさんはそういい、深々と頭を下げる。
「なんのことだ」
サイカがまた眩まそうとする。
「とぼけることはないです。鉱石掘りの連中はみんな知ってます」
「…そうか」
「グラスシオンのやつらは夜目がききます。みんなわかってます」
「ならば何をしにきた?」
「とにかく、鉱石掘りの親方として、親方なんです、わたし」
おじさんは改めて親方と名乗る。
「親方として、とにかく礼を言いたいのと、もうひとつ」
「もうひとつ?」
「ドットの町では、悪魔と死神を徹底して、とぼけることにしました」
「なんのことだ」
サイカもとぼける。
「いいんですよぅ。なんだかよくわかんないですけど、すごい力はお持ちでしょ」
「さぁな」
「ひとつの命を救ってくれた人を、売ることはいたしません。みんなでとぼけます」
サイカは軽くため息をついた。
「新聞師はどうなる」
「新聞はいつだって後手ですから、迷惑はかからないと思います」
「そうか」
「とにかく」
親方はびっと背をまっすぐにして、
そして、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。みんなを代表して礼を言います」
親方はしばらく頭を下げたままにして、
サイカに言われて、頭をようやく上げていた。
親方はまた、できるだけ目立たないようにして、部屋から出て行った。

ネジは成り行きを見ていた。
親方さんは、命ひとつを救われて、
それで悪魔と死神をかばうという。
それはみんなの意思であるという。
落盤を吹き飛ばして、
岩盤をひとつ涙にしただけ。
それに感謝をするという。

人というのは、そういうものかもしれないと、ネジはなんとなく思った。


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