酒を飲む
サイカは新聞を読む。
ネジはベッドに寝そべることにした。
寝そべって、じっと考える。
今日、サイカはいろんなことを教えてくれた。
闇がそうさせるのだろうか。
光鉱石がそうさせるのか。
それとも、そろそろ教えてもいいものと思ったのかもしれない。
沈黙。
居心地のいい、やさしい沈黙。
サイカが新聞をめくっている。
コーヒーでもあれば、本当にいつものままのサイカだ。
気まぐれで、いろんなことを教えてくれたのかもしれない。
「飲まないのか?」
サイカが新聞から目を離さずに問う。
「うん?」
「テルスはだいぶ冷えた」
「ああ、うん」
正直ネジはその存在を忘れかけていた。
ネジは起き上がり、冷蔵庫を開く。
冷気!
その中に、霜のついたテルス。
ネジは取り出し、冷たさを確かめる。
冷蔵庫を閉めて、コップを用意。
「いいよね?」
「なにがだ」
「テルス飲んでもいいよね?」
「取り出しておいて聞くか」
「一応、気持ちの問題だよ」
「泥酔はするな」
「善処します」
ネジは答えると、コップにテルスを注いだ。
コップの中に、とろりとテルスが注がれる。
見る見るコップの外に、冷たさによる水滴がつく。
小さな瓶のテルスは、コップ一杯分。
「それじゃ、いただきます」
ネジは宣言すると、コップに口をつけて、
テルスをそっと流し込む。
冷たい水のようなのに、
舌に乗せると、暗闇の宝石のように華やぐ香り。
さらに喉に流し込むと、
冷たいテルスがいっきに熱を帯びるように感じられる。
腹にテルスが入って、冷たく熱いテルスが、
幻のように溶ける感覚。
そして、酔いが残る。
なんと言ったらいいのだろう。
幻の宝石を飲んでいるような気分だ。
こんな感覚の酒が、ここでは安価に売られていることに、
ネジはなんとなく驚きを覚える。
「うまいか?」
「おいしい」
ネジは即答する。
これは、おいしいという感覚の範囲に入っている。
難しいことを考えたけど、ようはおいしい。
「水みたいで宝石みたいで氷みたい」
「そうか」
サイカは適当に相槌を打ったのかもしれない。
でも、答えてくれる人がいるのはうれしい。
ネジはまた、テルスを飲む。
華やぐ香りが心も、華やかな気分にしてくれる。
一緒にいられるっていいなぁと、
酔ったネジは考える。
一人の部屋は自由だったけど、
答えてくれる人がいなくて、さびしかった。
「へへへー」
ネジは意味もなく、へらへらと笑う。
「やけに上機嫌だな」
「なんか、うれしくって」
「そうか」
「記憶取り戻しても、一緒に旅しよう。サイカ」
ネジはそんなことを言う。
酔っ払い特有の脈絡のない話。
「旅をするのか?」
「うん、それで一緒にお酒を飲もうよ」
「俺は飲めない」
「誘ってるんだよ」
「誘おうが飲めない」
「けちー」
言いながらネジはへらへらと笑う。
赤い前髪がいつものように顔を隠しているが、
見える口元はちょっとだけだらしなく、
底抜けに楽しいということを伝えている。
「そのコップ一杯飲んだら、寝ておけ」
「まだまだあるよー」
言いながらネジはまた飲む。
ペースが上がっている。
ネジが感じる、ふわふわと雲をつかむような感覚。
コップが空いた。
サイカはため息をついて、
ネジの元へ歩み寄る。
「なくなったー」
「わかってる」
ネジからコップを受け取る。
そして、少し仰々しい部分の聖職者の衣装を脱がせる。
ケープやコートなど。
「サイカぁ」
「これはハンガーにかけておく。とにかく気持ちいいうちに寝ろ」
「そうするー」
ネジは言われるままにベッドにもぐる。
サイカに言われることで間違ったことはない。
「サイカぁ」
「なんだ」
「ずっと旅しよう」
サイカはため息をついた。
ネジはそのまま、すとんと気持ちいい眠りに落ちていった。
「酒に弱いのに、酒が好き。あの頃のままじゃないか」
サイカの声が遠くに聞こえた。