少女キュウ


ネジは空間の中にいる。
ここは夢の中だとネジは思う。
何で夢を持ち帰れないんだろうな、などと考える。
ネジの中で夢と現実は断たれている。
うっすら思い出す程度。
つながれば何かわかる気がするのに、
どうにも思い出せないことが多い。

ネジは前を見る。
壁だ。
壊れていない。
あの声が作ったらしい壁。
「世界を壊す気か」
ネジはあの時聞いた声を思い出して、言ってみる。
言ったところで壁は何も変わらない。
変わるとも思っていないが、
壁は相変わらず拒絶している。
壁の向こうには彼女がいる。
青白い歯車を回す彼女。

ネジは壁の前でじっとする。
音もない空間。
「壁はほんとにあったんだね」
ネジの後ろから声。
振り返ると、青年がそこにいる。
そのニコニコした微笑を、ネジは覚えている。
「ハリー」
「へぇ、覚えていてくれたんだ」
ハリーは微笑を深くする。
「この壁の向こうに、大歯車があるんだってね」
「よくわかんないけど、そうみたい」
ネジは大歯車よりも、彼女が気にかかる。
「ほしいね。この世界の唯一が」
「ほしい?」
「うん、うつろを埋めてくれる気がするよ」
ハリーは微笑みながら、素直にそう言う。
「まぁ、うつろだから、ここまで交信できたのかもしれないけどね」
「うつろだから?」
「ここまでだったら鍵言葉がわかったんだ。壁の向こうはわからない」
ハリーでも壁は破れないかとネジは思う。
簡単に壊せる壁なら、ないのと一緒だ。
「ネジさんは、その身体に鍵言葉を宿している」
「身体に?」
「僕も多分そうなんだ」
ネジはよくわからない。
「だからネジさんは、夢のたびにここに来ていたんでしょ」
ハリーは微笑む。
「夢のたびに」
「そう。トビラがあわてて壁を作るわけだよ」
ハリーがすっとネジの近くにやってくる。
「あわてて作っても、さすがトビラだ。微塵の隙もない壁だよ」
「そうだね」
「壁の前も退屈じゃないかい?」
ハリーが誘うように言葉を投げかける。
「意識を切り替えるまで、ここにいようかと思ってた」
ネジはそんなことを言う。
「あっちに人がいるんだ。壁の前から動いてみようよ」
ハリーはネジの手を取って、ふわりと歩き出す。
空間にふわふわした足場が生まれる。
「あっちってどっち?」
「あっちはあっちさ、行ったことのないところだよ」
テクテクと二人は歩き出した。

壁が遠ざかって、小さくなっていく。
そんなに走っている感覚ではないが、
ここでは、離れたものは、どんどん見えなくなっているらしい。
ネジはハリーの向かう先を見る。
小さな家がある。
なんだか人形のおうちといった感じの、
小さな家だ。
ハリーはドアの前に立つ。
ノック。こんこんと。
「どなた?」
少女の声がする。
「ハリーです。友達を連れてきました」
「まぁ!」
少女の声が驚きと喜びに彩られ、ドアが開く。
「いらっしゃい!退屈していたのよ」
それは、本当に人形のような少女。
くるくるの金髪の巻き毛、
豪奢なレースのドレス、
大きな青い瞳。
人形のような少女を、
ネジは一人知っている気がする。
「さぁ、入って」
「お邪魔します」
ハリーが入っていく。
ネジはどうしようか考えてしまう。
「あなたはだぁれ?」
「俺は、ネジ」
「あら、ネジはあたしよ」
ネジはびっくりする。
「あたしは世界のネジなの。世界をとめているネジなの」
「ネジという名前なんですか?」
「ここでは、とりあえずネジと呼ばれているの」
少女のネジはおかしそうに笑った。
「でも、二人ともネジだなんて、へんてこな話よね」
「そうですね」
「それじゃ、あたしが名前を変えるわ」
少女ネジはうんうん考える。
ネジはそれを見守っている。
「キュウでどうかしら」
「キュウさんですね」
キュウは笑った。
「はじめましてネジ。あたしはキュウ」
「はじめまして、キュウ」
ネジは軽く、お辞儀をした。
なんだか初めてじゃない気がした。


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