夢路より


ネジはキュウの家に入る。
外見もそうだったが、
お人形のおうち、そのもの。
ドールハウス?
しかしよくできている。
アンティークと、装飾品のバランスが最高だ。
ハリーが先に席について、ニコニコ笑っている。
「今、お茶をいれるわね」
「いえ、お構いなく」
「お客様をもてなすのは、レディーの義務よ」
キュウは微笑む。
外見は人形のように整っているが、
表情豊かで、ころころ変わる。
「さ、ネジも座って」
「はい」
ネジは席につく。
キュウはパタパタと走り回って、忙しそうにお茶を入れる。
鼻歌混じりなあたり、慣れているのかもしれない。
「らたたたん」
などとキュウが口ずさみながらステップを踏む。
華麗にお茶を入れるというのを、
ネジははじめて見たかもしれない。

キュウがお茶を持ってくる。
花の香りがするような気がする。
「夢路よりって言うお茶なの。二人とも、どうぞ」
「いただきます」
ハリーがお茶を口に運ぶ。
ネジもにおいをかいで、口に運ぶ。
何かを思い出すような気がする。
ネジは考える。
でも、思い出すものは霞のように消えてしまう。
もう一口飲んだら思い出せるだろうか。
ネジは一口また一口と茶を飲む。
そのたびに、何か思い出せそうな気がする。
でも、完全に思い出せない。
ただ、人形のような少女を、
脳裏にわずかに思い浮かべられるだけ。
キュウであるようだし、
ニィであるようだし、
また、違う感じもする。
そして、別のことも思い出す。
「サイカ、起きてるかな」
ネジはポツリとつぶやく。
「サイカさん?」
キュウがたずねる。
「一緒に旅している人。何でも知ってる」
「すごい人?」
「すごい人」
ネジは肯定する。
「いつか一緒にお茶したいわね」
「この空間に来れるかな」
「鍵言葉があれば来れるわよ」
「鍵言葉」
ハリーも言っていたが、どういうものなんだろう。
ハリーが、ふふふと笑った。
「あれは、シャイなんですよ」
「そうなの?」
「サイカさんは、この空間のこともすべて、もう知ってますよ」
ハリーはそういう。
確信を持っているようだ。
「だってボルテックスは…」
ハリーが言いかけたところで、
ネジに何かの波がやってくる。
くわんくわんと頭の中が鳴っているような。
「あら、お目覚めなのかしら」
「そう、みたいです」
ネジは言葉を搾り出す。
「それじゃ、また、あえたら…」
ネジの意識はそこまでで、がくんと切り替わった。

身体が重いなと感じた。
手を動かすのも重い。
あそこでは身体がなんだか軽かった。
夢、夢だったから。
何か聞きそびれた気がする。
夢で、だろうか。
ネジの耳に音楽が入ってくる。
ドアが開き、閉まる音がする。
気配が、椅子に移動して、
紙をがさがさする音。
ネジは重い身を起こした。
いつだって夜のグラスシオン。
光鉱石の明かり。
そして、サイカは新聞を読んでいる。
さっきの気配は、サイカが新聞を取ってきた音だったのかもしれない。

「起きたか」
サイカがネジに視線をずらす。
「うん、起きた」
「夢は見たか?」
「多分」
「二日酔いはしていないか?」
「身体は重いけど大丈夫」
「夢帰りは、たいていそうなる」
「そっか」
ネジはなんとなく納得する。
夢の空間から帰ってくると、身体が重いのだ。
サイカはまた、新聞に目を移す。
いつも、挙動の一つ一つがちゃんと様になっている。
「サイカは夢を見る?」
「さぁな」
「夢にいろんな人がいたよ」
「そうか」
ネジは話し出そうとする。
けれど、誰がいたのか思い出せない。
ただ、少女がいたこと。
それがまた追加されている。
「思い出せないんだ」
ネジはつぶやく。
「夢か、記憶か」
「どっちも」
ネジはもどかしいと思う。
もどかしくて、悔しい。

つながらない記憶は、どうすれば思い出せるだろう。
ネジは途方にくれた。


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