いつもの


「今、朝?」
ネジはサイカに問う。
「時刻だけなら朝だな」
サイカは答える。
ネジは頭を振る。
赤い前髪が揺れる。
何か思い出さなくちゃいけないのに、
どうにも思い出せない。
「サイカぁ」
「どうした」
「夢を思い出すには、どうしたらいい?」
「夢を覚えているのは、いつだって狂人だ」
「きょうじん?」
「夢と現実が混じると、狂ってしまう」
「でも、思い出さなくちゃ」
「思い出さないほうがいい」
「サイカはそう思うの?」
「下手にいろいろ知るものじゃない」
ネジは視線を落とす。
統一規格の掛け布団が白い。
個性だと思っているものも、
みんな規格なんだろうか。
規格の中に埋もれれば、
喜びの中で生きていける。
知りすぎると消される。
サイカはそれを懸念しているのだろうか。

「出ていないな」
サイカはつぶやいた。
「何が?」
「赤い悪魔と死神」
サイカが新聞をたたいてみせる。
結局気になって、新聞を取ってきたのだろう。
ネジとしても気になるところだ。
「落盤事故は?」
「小さく載っていた」
「小さく、かぁ」
「噂話の挟まる余地もないほど、小さく」
「ふーむ」
ネジは思う。
親方がとぼけると言っていたこと。
ドットの町の新聞師には申し訳ないが、
とぼけられて新聞に載らなかったのだろう。
新聞師が記事を送らないと、
結局新聞に載らないのだろう。
「でも、どこからか漏れない?」
「何がだ?」
「噂としての悪魔と死神と、俺達」
「中央が規制しているのか、ここの新聞師の腕が悪いか」
「悪い人じゃないみたいだよ」
「悪人と腕の確かさは関係ない」
「そりゃそうだけどさぁ…」
「それに、悪魔と死神も悪くない」
ネジはへんなことを聞いたと思った。
サイカのほうを見る。
サイカはいつもの無表情で、
「冗談だ」
と、答えた。

ネジはシャワーを浴びて着替える。
いつもの聖職者の黒い衣装。
少し仰々しいかもしれないが、
やっぱりこの衣装が一番落ち着く。
仮面屋の服だとか聞いたことがある。
仮面屋。
世界にひっそり散らばるらしい、不思議な服の店。
「まただ」
サイカが着替えたネジに歩み寄る。
「うん?」
「髪をちゃんと拭かなかったな」
サイカはタオルを手に取り、
ネジを座らせると、
わしゃわしゃと髪をタオルで乾かす。
やっぱりサイカだとネジは思う。
無表情で、何でも知ってて、
結構世話を焼くのが好きなのかなと。
「へへへー」
ネジはなんだか上機嫌になる。
「どうした」
「サイカにこうされるの、うれしい」
サイカはネジの髪を整える。
ネジは気持ちよくて、ちょっとうっとりとする。
「記憶が戻るのと、俺がいるのを、天秤にかけたらどうする」
サイカが問いかける。
髪を整えるついでのように、
でも、なんだか重い問いを。
ネジは考える。
そして答えを出す。
「両方」
「両方?」
「記憶も夢もサイカも、全部一緒」
サイカがため息をついた。
ネジが振り向こうとしたら、タオルをかぶせられた。
「今、ひどい顔をしている…と、思う」
サイカらしくない言葉がネジにふってくる。
ネジはタオルで見えないのをほっといて、
言葉を続ける。
「俺は何にも見捨てないつもりだよ」
「できるものか」
「やってやるよ」
タオルをかぶったままでは迫力がないが、
サイカがあまり見られたくないなら、かぶっていよう。
ネジはそんなことを思う。
「だからサイカ」
「なんだ」
「知ってることはどんどん教えてよ。俺は何も知らないから」
「知らないほうがいい」
「知りたい」
サイカはネジの頭をぽんぽんと軽くたたく。
あやすようだとネジは感じる。
その手が、タオルを頭から取る。
いつものサイカの無表情がある。
いつものネジのちょっと上から、
ちょっとだけ、ネジは見上げる角度。

いつものサイカだとネジは思って、
なんだかうれしくなった。


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