指針
宿の部屋に戻ってくる。
戻ってくるなり、ネジはベッドに倒れこむ。
「つかれたー」
とりあえず一言。
そして、ごろりと転がる。
「ケープとコートをはずせ、しわになる」
「うー」
ネジはうなりながらもそもそ、ケープとコートをはずす。
緩慢な動きで、ハンガーにかける。
サイカはその間に椅子に座り、
ラジオの青白い歯車をいじり、音楽をかける。
ネジは軽装になって、
また、ベッドに転がる。
暗いところの運転は疲れた。
結構な距離を運転したような気がする。
距離で思い出した。
「そうだ、地図」
「そこにある」
荷物の中に、いつもの地図を発見。
ペンを手に取り、ページをめくる。
ドットの町までは、書いてあるようだ。
「サイカぁ」
「どうした」
「墓場はどこ?」
「ドットの町から東だ。古い地図ならザインの町がある」
「ないなぁ」
「立ち入り禁止区域の表示は?」
「あー、これかも」
ネジはようやく、墓場のあったそこを見つける。
立ち入り禁止区域のしるしの、山。
そこには岩山があった。
ネジはドットの町と、そこをペンでつなぐ。
そして、地図をぺらぺらとめくる。
まだ行っていない場所が山のように。
でも、ネジは思うところがある。
それをサイカに伝えようとした。
「サイカぁ」
「なんだ」
「俺、中央に行こうと思う」
「…そうか」
沈黙が降りる。
ネジはじっとサイカの言葉を待つ。
なんと言われるだろうか。
「そろそろ頃合だとは思う。少し騒ぎすぎたしな」
サイカはそんなことを言う。
「いろいろなことを片付ける頃なんだろう」
「かたづける?」
「すべてを見た上で、お前が判断するときが来ている」
「俺、そんなこと…」
「それでも中央に行きたいのだろう」
「うん、なんだか行かなくちゃいけない気がする」
サイカはうなずいた。
「明日は転送院に行くか。そこから中央だ」
「うん」
ネジもうなずく。
わからないことが、わかるときが、
すぐそこまで来ているのかもしれない。
「どっちにしろ、ドットの町の落盤騒ぎを、新聞師がかぎつける」
「噂は広まるからね」
「あまり、ここにも長居はできない」
「そうかも。でも、暗いけど暖かい、いい町だった」
ネジはそんな風に振り返る。
今までいろんな町を見てきた。
どこが一番とは決められないが、
どこもすばらしい場所だった。
そこに生きている人がいて、
受け継がれるものがあって、
喜びがあって。
「サイカぁ」
「なんだ」
「喜びってさ、強制されるものじゃないよ」
「わかっている」
「うん、中央が喜びの歯車で、みんな喜べって言うのは、なんか違う」
「そこまでわかればいい」
ネジはうなずく。
歯車文化を否定しているわけじゃない。
便利なのはいいことだ。
でも、何か違うとネジは思う。
滅んだ町。
力学が暴走してしまった町。
そして、殺されたものの岩山の町。
世界は喜びだけでない。
いろんなものがあるとネジは思う。
何と言えるわけじゃないけど、
世界にはもっと色彩のような感情があるはず。
目に入るものに、さまざまの色があるように。
耳に入るものに、さまざまの音色があるように。
感情は喜びだけでない。
平和は喜びだけでない。
中央の人に言ったところで通じるとも思えないけれど、
中央をネジは見てみたかった。
一体平和な世界の中央はどんなものなんだろう。
壁があるだろうかとネジは思う。
中央の中心。
「大歯車」
ネジはつぶやく。
多分サイカが説明してくれたもの。
大歯車は、喜びだけが回っている。
壁にさえぎられている。
壁の向こうに行きたいと、ネジは思った。
そして、どうしたいのだろうか。
よくわからないけれど、会いたいと思った。
彼女に。
彼女?
誰だ?
ゆがんだ世界の中心で、
歯車が回っている。