生きつづける
ネジは墓場までどのくらい運転していたか、わからない。
「今、何時頃?」
サイカに問う。
「昼過ぎだ」
サイカは返す。
ベッドに転がりながら、
ずいぶん運転したんだなぁとネジは思う。
音楽が流れている。
一部の好事家のための音楽。
ネジは空腹はあまり感じていない。
本当に、人間じゃないのかなと、
ネジは自分を疑う。
音楽が内側を満たしていくようだ。
この音楽に言葉を乗せたら素敵だなとネジは考える。
何がいいだろう。
音楽はとてもいい。
大好きだ。
ネジは仰向けになる。
ぼんやり天井を見る。
疲れたことは疲れたけれど、
今すぐ眠りたいほどでもない。
特に何がほしいわけでもない。
強いて言えば、軽い酒がちょっと飲みたい。
ネジの顔には、いつもの赤い前髪がかかっている。
ベッドがぎしっとなる。
ネジはそちらを見る。
いつの間にか、サイカがベッドの端に座っていた。
「飲むか?」
サイカがネジの顔の上に、赤い瓶を示す。
「ビーだ」
「そうだ、強くて残していただろう」
ネジは思い出す。
砂漠の雫だっけか。
陽気な酒場を思い出す。
幻のように遠いのに、
記憶はいつだって、みんな笑顔だ。
ネジが苦しくなるくらい、みんな喜んでいる。
「飲まない、置いてくよ」
ネジはサイカにそう答える。
「酒好きじゃなかったのか?」
「好きだけど、古い思い出は置いてくんだ」
「それだけ覚悟して、中央に行くのか?」
「うん、そういうつもり」
ネジが顔を向けると、
サイカは手の中でビーの瓶をもてあそんでいる。
「そうして、また、最初からやり直すのか」
「また?」
ネジにはよくわからない。
「みんな覚えてるよ」
「でも、古い記憶は、ない」
「そうだけどさ」
ネジは言葉を選ぶ。
「古い記憶はないけどさ、旅をした記憶はあるよ」
「ほんの短い間だ」
「それでもサイカと、いろんなものを見たよ」
「その思い出を置いていくのか」
「うん、忘れてもいいんだ」
サイカが怪訝そうな顔をする。
「俺が忘れても、サイカがまた見つけてくれるよ」
サイカは軽くため息をついた。
ネジはちょっと笑う。
前髪がかかっていて、口元しか見えない。
サイカがネジの髪を軽くなでる。
ネジはうれしくなって、また、笑った。
音楽の流れる静かな空間。
ネジとサイカは何をするわけでもなく、
とりとめのない話をしたり、
沈黙したり、音楽に聞き入ったりした。
「サイカぁ」
「どうした」
「人が死んでも、生きつづけるものって何だろう」
「記憶や文化かもしれない」
「ぶんか?」
「音楽だって、迫害されながらも、結局生き延びた」
「こうしてかかってるね」
「人がいる限り、人がいなくなっても、残るものは残る」
「それが文化ってものなのか」
「そういうものだ」
ネジはうなずく。
たとえば文化というものは、
記憶の生き物なのかもしれない。
あるいは形になり、あるいは形にならないものとして、
悠々と生きつづけているものなのかもしれない。
ネジはそんな風になりたいなと思った。
旅をするように、流れ流れて生きたいなと思った。
その日は部屋から外に出ることもなく、
ずっと音楽を聴いてすごした。
ネジの内側は満たされている感じがしたし、
サイカも大方、そういうものなのだろう。
悪魔と死神。
それならそれでいいよとネジは思う。
音楽という文化をすすって生きているなら、
それはそれでいいかもしれないと思う。
「明日、ここを出るんだったよね」
「そうだ」
「新聞師さんがようやく記事にできるかな」
「俺達が出て行ったら、記事にするだろう」
「町の人も、とぼける必要がないしね」
ネジは思う。
案外新聞師もとぼけているのかもしれない。
「トビラの動向が気になるな」
サイカはつぶやく。
動き出した歯車は、止まらない。