守られるもの


ネジはドールハウスに入る。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。椅子ならどれでもいいから、かけて待っててね」
「はい」
キュウはパタパタと走る。
奥にはキッチンがあるらしい。
前と同じように、お茶を入れているのだろう。
「らたたたん」
キュウは軽快に何かを口ずさむ。
音楽のような、何かちょっと違うようなもの。
気持ちがいいと出てくるのかもしれない。
ネジはそれをちょっと不思議に思った。
「お茶の葉のご指定はあるかしら?」
「ぜんぜんわからないので、任せます」
「じゃあ、夢路よりでいいかしら」
「はい、あれはおいしかったです」
「お世辞がうまいのね」
「そんなことないですよ」
言いながらネジは不思議な気分になる。
夢でないネジと、夢のネジは、
いつも断絶している。
けれど、夢のネジ同士は、つながっている。
夢路よりというお茶も、ちゃんと覚えている。
けれど、一番大切なことが、
夢でないネジと、夢のネジとで、
欠けているような気がしている。
お茶が入れられる音。
そして、ティーカップが置かれる音。
「何か悩んでる?」
キュウがネジを覗き込む。
「悩んでいるというより、不思議な感じがしていました」
「不思議?」
「夢の俺と、夢でない俺、何でつながっていないのかなって」
「あら、つながっていないのね」
「そうなんです。夢同士はつながっているのに」
「それは、その方がいいのよ」
「そうなんですか?」
ネジはキュウにたずねる。
キュウはポットを置く。
ネジの向かいの椅子に座ると、ぽつぽつ語りだした。
「下手にいろいろ知るものじゃないわ」
ネジは何か言いかけるが、
誰かがそんなことを言っていたと思い当たる。
いつだろう、どこだろう。
「夢を覚えているのは、いつだって狂人といわれるものよ」
それも聞いた。
思い出せないし、なんだかはっきり、もやもやが見えるような気がする。
キュウはネジを見て、微笑んだ。
「サイカ、でしょ?」
「え?」
「こんなことを言い出すのは、いつだってサイカよ」
「サイカ…うん」
キュウはサイカを知っている。
「ずっと昔から、サイカを知っているわ」
「ずっと昔?」
キュウはそれに対しては、微笑むばかりで答えてくれない。
サイカにはぐらかされるのと、同じような気分だと、ネジは思った。
「あたしは夢と現実がつながっている。曖昧なの」
「曖昧?」
「そう、曖昧に世界をとめるネジなのよ」
そういえばキュウは、ネジだと名乗っていたことがあった。
世界のネジ?
世界の何をとめているというのだろう。
「ネジ」
「はい」
「エーを知っているかしら?」
「えー?」
ネジは聞いたこともない。
それは何かの暗号のようだ。
「エーの一部はね、今、トリカゴが守っているはず」
「トリカゴ。なんとなく覚えています」
トリカゴが守るもの。
なんだろうかとネジは思う。
細かいことは思い出せないけれど、
トリカゴに何かあっただろうか。
「今、世界には、エーが必要なの」
ネジは首を傾げるしかない。
「そろえる必要があるの。ううん、きっとそろうの」
「そろったら、どうなるんですか?」
キュウは首を横に振った。
「わからないの、でも、きっとそろうの」
ネジはドールハウスの天井を見上げる。
装飾の施された、手を抜いていない建築物。
ネジはぼんやり思う。
この世界は欠けているものが多い。
それがそろうということだろうか。
そろったら完全な世界になるのだろうか。
完全な世界。
想像もつかない。
出来上がったら、壊れてしまうような気がする。

ネジはお茶を少し飲む。
何かが思い出せそうな気がする。
なのに、どうにも思い出せない。

「ネジ」
「うん」
時間だ。ネジの頭が鳴っている気がする。
「また会えたらうれしいわ」

キュウの声を遠くにしながら、ネジは目覚めに向かっていった。


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