捨てきれない


がくん、そんな感じがして、ネジの身体が重くなる。
感覚を元に戻そうとする。
元が何なのかわからないけれど、
とにかく適応させる。
その過程で思う。
ああ、目が覚めちゃったんだなと。

音楽が鳴っている。
サイカはすでに起きていて、身支度も整っている。
いつものことだが、いつのまにと思う。
ネジだってサイカを起こしたいこともあるが、
どうもサイカはそうされたくないらしい。
ネジはまだちょっと眠い。
夢とは違って重い身体を、転がしてみる。
ぎしっとベッドがなる。
「起きたか」
サイカも気がついたようだ。
もともとネジが起きた瞬間から、気がついててもおかしくない男だ。
ネジは起き上がる。
「おはよう」
朝が来たかと思ったけれど、
時間的に朝なのであって、
明るいと思ったのは、
光鉱石が明るいだけの話。
覆いをはずしたらしい。

サイカは今日は新聞を読んでいない。
そろそろ新聞師が、かぎつけるからだろうか。
それとも、音楽に没頭していたいのだろうか。
たいした意味もないのかもしれない。
「とりあえず寝汗を落として来い」
「うん」
「それから、ずいぶん車で走ることになる」
「うん」
「いけそうか?」
「行かなくちゃならないよ」
ネジは答える。
どうしても、中央には行かなくちゃならない。
何かを正すためとは違うし、
正直中央には追われている立場だ。
けれど、行かなくちゃならない。
世界の中心へ。
あの壁の向こうへ。
そして、ネジをつながないといけない。
忘れているネジ自身。
新しい記憶のネジ自身。
中央行きは、ネジのため。
いろいろけりをつけてみたいネジのため。
「シャワー浴びてくる」
ネジはそこまで考えて、頭を切り替えにシャワーを浴びに行った。

あがってきて、
サイカがネジの頭を拭く。
いつものような感じ。
しっとりと前髪が落ちている。
水滴は落ちてこない。
「サイカならいい執事になれるよ」
ネジはそんなことを言ってみる。
「執事か」
サイカの声に、少しだけ、懐かしむような色を、ネジは聞いた。
「本当に執事だったの?」
「昔の話だ」
「むかし?」
サイカはどこからどう見ても若い。
髪はきれいに白いけど、
肌のはりとか、すごく若く感じるのだけど。
どのくらい前のことを昔といっているのだろう。
「昔ってどのくらい?」
ネジはたずねる。
「昔は昔だ。大昔だ」
ネジには見当もつかない。
そもそも何でも知っているサイカは、
本当はどのくらいの年なのだろう。
前にちょっと思ったように、
サイカもぜんまいが逆回転しているのだろうか。
「どんな人のところにいたの?」
「高貴な女性だった」
「ふぅん」
「愛くるしい人形のような人だった」
ネジの記憶に、人形のように美しい少女がフラッシュバックする。
誰だろう。
わかっているのにわからない。
「ならなんで、執事やめたの?」
「いろいろあった」
サイカはそれ以上語ろうとしなかった。
ネジも、聞いちゃまずいとなんとなく思った。

「サイカぁ」
「なんだ」
「執事服は思い出?」
「そうだな、古い思い出だ」
いつも感情が、いまいちわからないサイカの声に、
少しだけ色がついている。
「お前が聖職者であるように、俺も執事を捨てきれない」
「そういうものなんだ」
「そうだ」
サイカはぽんぽんとネジの頭を軽くたたく。
「行くぞ、騒ぎになる前に、ここを出る」
「ナビお願い」
「わかっている」

少ない荷物を持って、チェックアウトに向かう。
宿のすぐそばにとめてある車のトランクに、
荷物を積む。
ビーは置いてきた。
古い思い出を置いていくネジと、
古い思い出を無表情の下に隠しているサイカ。
「行こうか」
「ああ」
ネジは車のエンジンをかけ、ライトを点灯させた。
黄色い小さな丸い車は、ゆっくりと走り出した。


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