ノイズの中の


転送師が、転送の手順を踏む。
転送院を起動させるための古い言葉。
転送院という、大掛かりな仕組みが、
伝えられてきた古い言葉で起動する。
古い言葉は反響し、
転送院全体を異質の空間にする。

「転送も最近あわただしい」
転送師がぼやく。
「あちこちでいろんな人が送られているよ」
「どんな人ですか?」
ネジは訊いてみる。
「トランプが送られたり。そうだね、シロウサギもいたな」
「シロウサギ、トビラが?」
「グラスシャンから、中央に戻ったらしい」
「みんな各地の転送師さんが覚えてるんですか?」
「いや、転送院が覚えている」
「記録、ですか?」
「そうなるな。中央の連中は登録がしてあるから、余計はっきりしている」
「なるほどなぁ」
ネジは納得する。
つまり、中央の息のかかっている人は、
転送するに当たって記録をとっているらしい。
一般の人も記録を取られているのかもしれないけど、
それこそ罪人でもなければ、そこまで調べないかもしれない。
まぁ、ネジもなんだかんだ言って追われているわけだが。

「そろそろいいか」
転送師は、輝く杖を掲げる。
そろそろ、空間をつなげるらしい。
転送師は、輝く杖を回し、
なにやら文様のようなものを描く。
それはサイカの召喚に使うものに似ている気もした。
転送師は何かを唱える。
ぶつぶつとしていて、ネジにはわからないけれど、
陣が発光し始める。
いつもの手順。
いくつかグラスを越えてきたけれど、緊張する。
転送師が、ひときわ大きく杖を振り上げ、
とん!と、こ気味よく音を立てて振り下ろす。

しゅばっ!
閃光がひらめく。

視界がつぶれんばかり。
白なのか黒なのか。
極端にちかちかする。
浮いているような、落ちているような感覚。
夢に似ているなとネジは思う。
こうして、中央に行くんだと思う。
車に乗っていたはずなのに、
ネジはどこか浮遊しているような感覚を持つ。
視界がつぶれているはずなのに、
誰かが通り過ぎていくのを感じた。
「やぁ」
この空間で、のほほんと挨拶してきた。
ネジはその方向を見る。
ニコニコ笑う、あの青年。ハリーだ。
「みんな中央に集まってる。そろうよ、今度こそ、ね」
ネジは何か言おうとした。
ハリーはふっと消えて、
ネジの視界は、白と黒の明滅に取って代わられた。

(まってる)

彼女が、待ってる
彼女?
誰だ。

ネジの感覚が、だんだんはっきりしてくる。
白黒の明滅から、
視界が徐々に戻ってくる。
シートベルトに気がつく。
車の中であることに気がつく。
手が動かせる。
前が見える。
だいぶ戻ってきて、ネジは思う。
中央についたんだ、と。
「ついたな」
「うん」
近くには、転送師がいる。
グラスシオンの転送師とは違うが、
持ち物と格好は一緒だ。
「到着です」
転送師が声をかけてくる。
「転送成功、グラスセントラル、中央にようこそ」
ネジはぺこりと車内から礼をした。
転送師はうなずいた。

ふらつきが過ぎるのを陣の中で待つ。
ハリーがあそこにいた。
ハリーはどこにでも現れるけど、
何がそろうんだろう。
どこかでもそんなことを聞いた気がする。
トビラが戻ったらしいことは聞いたけど、
みんなって誰だろう。
見当がつくようなつかないような。
「何か見たか?」
サイカがたずねてくる。
「ハリーがいたよ」
ネジは答える。
「奴はどこにでも現れる」
「本当、どこにでもだね」
ネジはなんとなくだけど、たくさんハリーに会っている気がする。
覚えているところ、いないところ。
ハリーの目的はなんだろう。

「そろそろいいかな」
ネジは頭を左右に振ってみる。
ふらつきはだいぶおさまった。
「それじゃ、そろそろ行ってみます」
ネジは転送師に声をかける。
転送師はうなずいた。
「よき旅になることを」
「ありがとうございます」
ネジは軽く礼をすると、車のエンジンをかけた。


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