懇願する女性
車の外は、昼を過ぎているようだ。
でも、雲がどんよりとしていて、
時間の感覚がどうも曖昧だ。
ついでに、空腹というのもなくなってきていて、
さらに時間がわからない。
疲れらしいものは、ある気がする。
早く宿で一息つきたいなと思う。
そして、けりをつけるための計画を練りたいところだ。
まぁ、多分考えたりするのは、サイカになってしまうんだろうけど。
ネジは、どうにもいろいろ欠けていて、いけない。
労働者階級から出る、ゲートに差し掛かり、
ゲートの前に誰かがいる。
一人は青い服を着た大柄な男。
ゲートの人なのだろう。
もう一人いる。
小柄な女性と思われる。
傘も差していない。
ネジはスピードを落として、ゲートに近寄る。
「お願いです!薬が必要なんです!」
「だから何度言えばわかるんだよ」
「あの子には、いい薬が必要なんです!」
「労働者には、支給されている薬があるだろう」
「それではだめなんです!」
そんな会話が耳に入った。
ネジは車をゆっくり前に進める。
気がつけばいいなぁと思う。
気がつかないようならクラクションかな。
そんなことを思っていたら、
青い服の男のほうが気がついた。
「おお、すまない。ゲートを通るのかな」
ネジは車をとめ、うなずく。
サイカがスキャン用紙を出す。
「ああ、連絡が来ていた方だね。今ここのサインを…」
男が何か言う前に、
小柄な女性が車の窓にしがみついた。
「どこまで行かれますか!私も乗せていってください!」
「必死なようですけど、どうなされましたか?」
ネジがたずねる。
「かまうな」
サイカは刃物のように切り捨てる。
「でも、子どもが大変って言ってたよ」
「かまうな。特例を出すと、きりがなくなる」
ネジは黙るしかない。
「お願いです、薬を、あの子が腐ってしまう前に」
ネジは聞き捨てならないことを聞いたと思った。
「腐る?腐ってしまう?」
ネジは聞き返す。
「このままではあの子は腐ってしまいます!ですから、薬が!」
ネジはたずねようとする。
その子どもは生きているのか、と。
でも、それはとてもよくないことのような気がした。
青い服の男が、用紙にサインをいれて戻ってくる。
「このゲートは通過できます」
「わかった」
サイカは用紙を受け取る。
ネジは考える。
「サイカ」
ネジは声をかける。
サイカは軽くため息をつく。
「やるのか」
「もしかしたらってこともあるよ」
ネジは主語を除いて言う。
「ゲートは通れる。次に進まないのか?」
「心残りは片付けていきたい」
「わかった、好きにしろ」
サイカは言い放ち、
ネジはうなずいた。
そして、窓の外の女性に向き直る。
ずぶぬれの女性だ。
こんなになるまで懇願していたのだろうか。
「すみません、薬が必要なお子さんはどこですか?」
ネジはたずねた。
女性が先にたって走る。
ネジとサイカは車でゆっくり追う。
小さな車だから、たいていの道には入れる。
いよいよ入れないなという路地までやってきて始めて、
ネジとサイカは車を降りた。
「こちらです」
女性は走る。
その子どもの具合はそんなに悪いのだろうか。
小さな家の続いている、路地のあたりにネジとサイカはやってきた。
あたりの住人が、一角に集まっているのが見える。
「あそこです」
女性は言うと、走っていった。
ネジも続こうとする。
雨の中、ネジは小走りになってそこを目指す。
「ちょっとすみません」
いいながらネジは人を掻き分ける。
住民がいぶかしげな顔をしたあと、
なんとなく納得したような顔になるのが不思議だった。
ネジはこの感覚をどこかで知っている。
「具合はどう?」
女性の声を頼りに、ネジは進む。
子どもに声をかけているのだろうか。
「だめだ、もう、手のうちようがない」
大人の男の声、子どもは答えられない?
ネジはようやく中に入れた。
そこで見たのは、
足から変色し始めて、眠っている子どもだった。