夢見て腐る


眠る子どもの足は、変色している。
ネジは子どもと、
子どものそばにいる親達に歩み寄る。
後ろからサイカもやってきた。
「夢見て腐る、か」
サイカがつぶやく。
「夢見て腐る」
ネジは言葉を繰り返す。
それは、ネジのどこかがなんだか反応する。
知らないはずなのに、
夢見て腐ることを、知っているような気がする。
「たしかに、腐り始めたら、上流階級並みの処置が必要だ」
サイカは冷静に言う。
それはとても無理だとわかる。
階級が歴然とある中央では、多分無理なのだ。
「それで薬といっていたわけか」
ネジはサイカと女性を見比べる。
サイカはちらりと女性と子どもを見て、
女性はじっと下を見ている。
あきらめたくないように。
どうにかできるはずと信じているように。

ネジは眠る子どもの元にかがみこんだ。
細い手足。
少し日焼けをしているのは、
中央でも日差しがあることがあって、
そこを走り回っていたのかもしれない。
いずれは労働者として、ここで働くはずだったのか。
それとも、何かの才能があったりして、
それを開花させてもっと上にいけたかもしれない。
その可能性をすべて閉ざして、
子どもは眠っている。
ネジはその足に触れた。
ぐずぐずした感じがする。
腐り始めている。
ネジのどこかが頭の中で言っている。
このままでの夢を見ながら腐る。と。
ここまで至ったら、夢から帰れない。
ネジはその声を耳にしつつ、だめもとで聞いてみる。
「生体管理師は?」
女性が下を向いたまま、首を左右に振った。
「この腐敗があっては、生体管理師ではだめなんです」
「そうですか…」
ネジにはよくわからないが、
生体管理師でも、腐ってしまうのはどうしようもないらしい。
それが夢見ることから来る腐敗だと、
どうしようもないらしい。

「もう、夢に取り込まれたな」
サイカがつぶやく。
「でも!まだ生きてます!」
女性が顔を上げ、叫ぶ。
「まだ、あたたかいんです!」
外の雨をかぶった服をそのままに、
女性は訴える。
腐りかけている子どもは生きていると。

ネジは理解した。
どうして自分がここに受け入れられたか、を。
集まる人が、どうしてネジを見て納得したような表情だったかを。
「それでも」
ネジは言葉を選ぶ。
「それでも、腐らせるわけにはいかないです」
「生きているんです」
「夢を見ているうちに、世界に帰しましょう」
「世界に、かえす、なんて」
ネジは思う。
この女性は涙をかぶったようだと。
ずぶぬれのまま、何か手段がないかとあがいている。
ネジはすっと立ち上がる。
「弔いましょう。生きて屍になろうとしている、その子を」
「わ、たしの、こを」
女性の口がわなわなと震える。
そうか、この子どもは女性の子どもなのかとネジは思う。
そして、女性は、深くうなだれる。
「弔うのは俺です。あなたは最善を尽くしました」

ネジは腰からラプターを抜く。
「サイカ」
「わかっている」
サイカがすっと前に出る。
「祈りをはじめる」
サイカが失われた言葉で祈る。
喜びの恩寵にある人たちに、
言葉にならないものを伝えている。
失われた感情。
内側の時計の、歯車に訴えかけるもの。
それは歌に近い。
歌、音楽、
失われた言葉の、失われた文化。
サイカは朗々と祈りの言葉をつむぐ。
聞き入るものの顔に少しだけ、変化が現れる。
こらえているような、
何かが内側からやってくるような顔。

「…ギアーズ」
サイカが祈りの言葉を終わらせる。
「それでは、弔いの儀式に入る」
サイカはまた、後ろに下がり、
ネジが子どもの前に出される。
抜き身のラプターを、子どもに向ける。
「さよなら、おやすみ、よい夢を」

ネジの内側で透明の歯車が、狂ったように回る感覚。
ネジは引き金を引く。
痛みに似た感情が、ラプターから放たれる。

いくつ弔えばいいんだろう。
ネジはふっとそんなことを思った。


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