人殺し


ネジの放った銃弾が、
子どもに着弾する。
腐りかけていた子どもは、
微笑みすら浮かべたまま、
透明になっていく。
腐った足も、日焼けた手も、
すべてが透明になっていく。
乱反射。
輪郭がおぼろげになる。
胸の辺りに、子どもだった水が収縮。
そして、一瞬のあと、拡散。

あの子どもは、涙になった。

ネジはラプターを腰にしまう。
叫び声が聞こえた。
すぐ近くから、獣がほえるような。
ネジはそちらを見るのがつらい。
わかっているから。
後ろから、肩に手が置かれる。
「見ろ」
後ろにいるサイカは、ほえるそれを見ろという。
ネジはほえる、それを見た。

子どもの母だという女性が、
ほえていた。
叫んでいた。
激しく身体を動かし、
その顔には大粒の涙がいくつもいくつも。
ぬれたままの服を身につけたまま、
女性は慟哭していた。
ネジはじっと女性を見る。
これでよかったんだろうか。
ネジは女性に近づき、
肩に手をやる。
女性は手を払った。
そして一言叫ぶ。
「人殺し!」

ネジの内側で、
透明の歯車が回っているのを感じる。
なんだろう、つらい感情を感じる。
人殺しといわれたからだろうか。
殺した。
世界に帰したのではない。
殺した。
ネジは反論もしない。
そうか、殺したってこういうことも言うんだと、
妙に冷静にネジは受け止めた。
でも、つらいのはなぜだろう。

ぼんやりしてしまうネジの前に、
サイカが出てくる。
叫ぶ女性は、頭を抱えてうずくまっている。
おうおうとまだ泣いている。
「どうしようもないことは、一番知っていたはずだ」
サイカが静かに告げる。
「どうにかなるはずだったのよ!」
「夢見て腐るのは、現実から逃げておきる」
「なぜ、なぜ」
「何があったのかは大体わかる、逃げたくもなるのだろう」
「私は、この子を大事にして…」
「本当に大事にしたのか?」
サイカは刃物のようにたずねる。
何かを断とうとしているような。
「何を言っているの?」
「現実から逃げ出したくなるほど、ひどいことだったのかもな」
「あ、あなたは何を言っているんです」
「人殺しのほうが、まだましだということだ」
「そんなことない!私は、この子を大事に!」
「そこにあなたの感情はない」
「わたしは」
「この子どもは、喜びの世界に嫌気がさしたんだ」
サイカははっきりと告げる。
そして、続ける。
「時計に、細工をしたな」
刃物で断つように、ばっさりと。
女性の顔が凍りついた。

サイカは子どもだった時計を拾い上げる。
子どもは涙になった。
涙になっても残るもの。
時計だ。
「この時計に細工をして、あの子どもを苦しませた」
「だって、だって」
「それは大事にするとは言わない」
「上流階級がやっていると聞いて…」
女性は答える。
サイカはため息を軽くついた。
「あんなものに憧れる、それで子どもは殺されたという」
「だって、殺したのは…そこの聖職者…」
「殺したのはお前だ。腐らせたのもお前だ」
「私はただ…」
女性は言いよどむ。
「時計を狂わせるのは、すべてを狂わせることだ」
「私は悪くない」
「認めろ」
サイカは静かに言い放つと、時計をネジの手に渡して、下がった。

「このあたりに埋めるところはありますか?」
集まった人々の間から、
共同墓地があると聞こえた。
「では埋めにいきます。誰か案内してください」
人の集まりが、呪縛から解けたように散りだす。
案内の人の後にネジが続き、サイカが続いた。

ネジは一度振り向く。
母として最善を尽くしたかったという女性。
彼女はうなだれたままだった。

ネジは彼女も何か欠けていると思う。
何だろう、何か、大事なものが欠けているなと感じた。
それが何かは、ネジもわからない。


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