リューズ


ネジは小さな家を出る。
案内の人に続き、
共同墓地を目指す。
後ろからサイカが続いてきている。
刃物のようなサイカの言葉。
それは人殺しのネジより、
あの女性をえぐったような気がした。
あの女性は認められるだろうか。
サイカの言った事を、認められるだろうか。

ネジは片手で時計を大事に持ちながら歩く。
案内の人は黙っている。
墓地に行くのだから、饒舌でも困る。
「みんな、あなたを待ってたんですよ」
案内のおじさんはつぶやいた。
「待っていた?」
ネジは聞き返す。
「弔ってくれる人を待っていたんですよ」
「でも、人殺しですよ」
ネジはちょっと自嘲気味になる。
あんまりほめられたことじゃないと思う。
「いいや、もう、あの子はだめだったんですよ」
「だめ?」
「仕組みはわかんないんですけど、闇時計技術師にいじらせたってね」
「なんです、それは?」
「あの母親、時計を闇にいじらせたんですよ。それであの子は腐ってしまった」
「やみ」
「腐ったら、おしまいなんですよ。労働者階級ではね」
あの女性も薬をほしがっていた。
上の階級では、闇とやらにいじらせても、
薬が解決してくれるのかもしれないと、ネジは思った。
「だからあなたのような人を、待っていたんです」
ネジは期待に応えられただろうか。
歩けども、その答えはわからない。

やがて、共同墓地にネジたちは出る。
灰色の町の中、ぽっと出てきた木々。
雨に打たれてさわさわとなっている。
ネジは墓地の中に入る。
あいている場所を見つけ、自らの手で土を掘る。
湿った土が、手にまとわりつく。
かまわない。
この時計は苦しんだんだから、
安らげる場所を作っていると思えば。
小さな穴ができると、
ネジはそこに時計を入れて、
土をかぶせる。

「こうして時は歯車に帰るように。ギアーズ」
ネジはどこかで聞いた祈りをする。
「ギアーズ」
サイカが復唱した。

「それじゃ、私はこれで」
案内してくれたおじさんは、そういって帰っていった。
あとには雨の中、サイカとネジが残った。
雨はしとしと降り続き、
二人の黒い衣装もぬらした。
聖職者と執事。
死神と悪魔。
そして、人殺し。
「車に戻るぞ」
サイカが先にたって歩き出す。
ネジは聞きたいことが山ほどある。
わからないことが山ほど。
「とにかく宿に行くぞ。雨にぬれたままはよくない」
ネジはうなずくと、サイカに続いた。
雨が、ネジの汚れた手をぬぐっていった。

灰色の路地を歩き、
車まで戻ってくる。
乗り込んで、大通りまでゆっくり走る。
雨の中、走っていく人がちらほらいる。
働いているのだろうか。
子どももいる。
あの腐った子どもも、そうなるはずだったのだろうか。
「サイカぁ」
「どうした」
「いろいろ聞きたいことあるんだけど」
「答えられる範囲なら、答えよう」
「うん、内側の時計をいじるってどうやるの?」
「今回のことか」
「うん、闇にいじらせるとかいってたけど」
ちょっと間があり、サイカは答える。
「リューズをはずす」
「りゅーず?」
ネジが聞いたことのないものだ。
「簡単に言うと、リューズは時計の針を調節する機能がある」
「ふむふむ」
「ぜんまいに干渉することもできる」
「ふむふむ」
「それをなくして、薬を使えば、夢見たまま腐らない」
「ふーむ、薬がないからあの子は腐ったの?」
「そういうことだ」

リューズ。
あの時計には、もうそれがなかったのか。
不完全な時計のまま埋めて、
あの子どもは世界に帰れただろうか。

「夢見て腐るのは最悪だ」
サイカが少しだけ感情をにじませる。
それは、何かを嫌悪しているようでもあった。
腐るのを嫌悪しているのとは、
ちょっと違うような気がした。
「リューズがなくなったら、ずっと夢見るの?」
「リューズがなくなった苦しみから、子どもは夢に逃げた」

リューズがなくなること。
大事なものが欠けるって、こういうことなんだろうかとネジは思った。


次へ

前へ

インデックスへ戻る