青色赤色
キュウは困ったように、うつむいている。
ネジも困る。
キュウを喜ばせるには、どうしたらいいだろう。
「キュウ」
ネジは呼びかける。
「困らせちゃってごめん。せめて、少ない思い出でも聞いてくれないかな」
ネジはとつとつと話しかける。
できれば喜んでもらいたいし、
少しだけ感じた、喜びの色も伝えたい。
青い空の色だとネジは感じた。
キュウはゆっくり顔を上げる。
「どんな旅をしてきたの?」
「少ない記憶だけどいいかな」
「聞かせて。聞きたい」
キュウの人形のような顔に、
感情がともる。
困惑以外の感情を見て取って、
ネジはちょっとほっとする。
「お茶のおかわりを持ってくるわ」
「うん」
キュウがパタパタと奥に引っ込む。
ポットに新しいお茶を入れるらしい。
「らたたたん」
と、キュウが歌っている。
歌。そう、ラジオでは歌が流れないなとネジは唐突に思った。
祈りとかは歌と似ていると思うのに、何で流れないんだろう。
「何考えてるの?」
「たいしたことじゃないです」
「ふぅん?」
キュウは小首を一度かしげ、
気を取り直してお茶を注ぐ。
薄い青のお茶。
紺碧の空というお茶。
キュウは席について、
ネジをじっと熱く見る。
ネジは見える口元で苦笑いを表現する。
「聞かせて。旅の話」
ネジはうなずいた。
「記憶は唐突に始まっているんです」
ネジは古い思い出を語りだす。
「お茶を飲んでみてください」
「お茶、これ?」
「はい」
キュウはお茶を一口飲む。
すっとキュウに何かがよぎったような表情をした。
一瞬のあと、キュウは微笑む。
「そんな感じのする空が、どこまでも広がっていて」
「うん」
キュウは感覚を捕まえる。
空という感覚。
「港町でサイカと会ったところから始まっています」
「港町?」
「船がいっぱいの、海に面した町なんです」
「海もこんな風に青いのかしら」
「見ればわかりますけど、違う青で綺麗なんですよ」
キュウはまた、お茶を飲む。
このお茶もトビラが作ったものだろうか。
これほど的確に空を表現する飲み物を、ネジは知らない。
この空間だからできるのだろうか。
空も海も港町も知らないキュウに、
空を作ってあげたトビラ。
ネジに真意はわからない。
ネジはポツリポツリと話す。
聖職者ということ。
弔うラプターだけは覚えていたこと。
ニィという人形のような少女。
新聞師という職業があるということ。
ネジの記憶の始まりを、
ネジはたどっていく。
「最初は歯車のことも知らなくて、戸惑ってばかりでした」
「今はどうなの?」
「実はサイカに頼りっぱなしです」
キュウはころころ笑った。
「ボルテックスでしょ、サイカって。ハリーが言ってた」
「らしいですけど、どういう意味なんですか?」
「言ってもいいものかしら」
「俺ならかまいませんけど」
キュウはまじめな顔をする。
「ボルテックスは、欠けたものを持っている」
「サイカが?」
「ずっと前に、この空間の歯車を持ち去ったという話よ」
「歯車って、中心の?」
「そうかもしれないし、別の歯車かもしれないわね」
ネジとしては、中央の中心の歯車のほうが、
サイカにはしっくり来るなと思った。
「どんな歯車ですか?」
ネジはたずねる。
「トビラはあまり教えてくれなかった」
「そっかぁ…」
ネジの中で、ひとつ仮定が持ち上がる。
「サイカはどんな階級にいたんですか?」
「ボルテックスは特権階級にいたのよ」
やっぱりここに来られる階級にいたのかなとネジは思う。
何でもできるのにも納得がいく。
何で今まで黙ってたんだよと、ネジはちょっと思う。
「赤い歯車を見たことはあるかしら?」
「赤い?」
ネジはそんなものを見たことはない。
歯車といえば青白い。
「怒りの歯車って、赤いらしいの」
赤、赤、ネジの中で単語が回る。
赤い悪魔。
サイカの右手。
サイカは思った以上に、とんでもない人物なのかもしれない。
ネジはそんなことを思った。