曖昧な記憶


「大戦の赤い悪魔」
ネジはつぶやく。
「それはなぁに?」
キュウがたずねる。
「どこかでサイカの右手が、そんな呼ばれ方をしたんですよ」
「ふぅん、ボルテックスがね」
「大戦って何があったんでしょうね」
「ひどい戦いがあった。それだけよ」
キュウがつぶやく。
まるで知っているかのように。
当然ネジは驚く。
お茶を飲む手が止まる。
「大戦のことを知っているんですか?」
「トビラから聞いているの。ひどいものだったと」
ネジはそれだけでは納得がいかない。
けれど、ひどいというそれを聞くわけにもいかない気がした。
ひどい記憶は思い出すものじゃない。
それだけでつらいものだ。

「トビラはね」
キュウが思い出したように話す。
「世界を不安定に安定させようとしているの」
ネジはよくわからないけれど、
世界が不安定だということは感じる。
喜びのみの青白い歯車の回る世界。
「トビラがやったんですか」
キュウはうなずく。
「でもね、これじゃぜんまいが持たないわ。リューズがないんですもの」
ネジはなんとなく思い出す。
世界のリューズがない。
それはサイカがいっていただろうか。
「完全な世界なんてないけど」
キュウは言葉を選ぶ。
「ないけど、このままじゃいけないとも思うの」
トビラを信頼しているから、否定もできない。
けれど、何かがちょっと違うと。
ネジはそんなキュウを感じる。
「ネジ」
「はい」
「ネジは世界を変えられるとしたら、どうしたい?」
ネジは考える。
「旅が楽しい世界ならいいなと思います」
キュウは微笑んだ。
「変な人」
「別にいいじゃないですか」
ネジも口元に笑みを浮かべる。
「確かにいろいろおかしいとは感じます。中央のイメージもよくありません」
「ネジはそうなのね」
「はい、けど、何ができるわけでもなく、今までの旅は楽しかったのです」
「ネジならできることがある」
キュウは真剣な顔をする。
「俺は何もできませんよ」
「何でラプターを使えるか、考えたことある?」
ネジは今の今まで忘れていた。
ラプター。ネジの相棒。
「弔いの銃弾をこめないで、何で使えるか。考えたことある?」
最初こそ疑問に思ったが、考えていない。
一体なんでキュウはそんなことを言い出すのだろう。
「ネジ、あなたは…」

頭の中で何かが鳴る。
言いかけたキュウが遠くになっていく。
「あなたは…」

あなたは。
キュウは何を伝えたいんだろう。

身体が重くなった感覚。
ぐるぐると何かが回っているような感覚。
ネジは何かを捕まえるような気持ちになる。
それでも夢の記憶は、
空をつかむように、はかなく消えてしまう。
ネジはそっとため息をついた。
大事なことが、わかりかけていたような気がするのに。

ネジは身を起こす。
耳に音楽。
視界に窓。明るい。
椅子に座っているサイカ。
いつものように黒い執事服を着ている。
「起きたか」
「うん」
「向こうの様子はどうだった」
「彼女は元気だよ」
ネジの意思とは無関係に、そんな言葉が出てくる。
言ってからネジは驚く。
思い出せるような出せないような夢なのに、
何で彼女とか言うのが出てくるんだろう。
「キュウだな」
サイカが静かに言う。
「ええと、その。多分」
「キュウを探すか?」
「探さないでって言ってた」
「どんな茶を飲んだ?」
「紺碧の空」
「新作か」
「トビラの新作だって」
やり取りをしながら、何かがネジの中にあることに気がつく。
記憶かもしれない。
夢の記憶。
忘れたわけじゃなかったのかもしれない。
「全部つながったわけではないな」
サイカが一人でうなずく。
ネジはわけがわからない。
何でこんな単語がぽんぽん自分から出てくるのだろう。
「中央に入って、つながりが強くなっている。そのうちすべてそろう」
ネジは疑問符をたくさん飛ばす気分になる。
「シャワーを浴びてこい。少しはすっきりする」
「うん」
ネジはとりあえずベッドから出た。


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