いまさら


ネジはシャワーを浴びる。
自分の中から出てきた言葉だったのに、
まるで今まで知らなかった言葉が出てきたような感覚。
キュウとか、お茶とか。
知っていた?知らなかった?忘れていた?
ネジの頭の中は疑問でいっぱいだ。

考え事をしながら、結局いつものようにシャワーを浴び終えて出てくる。
「服は乾いている」
サイカがそっけなく言う。
世話焼きの癖に、無表情。
ネジはとりあえず聖職者の衣装を着る。
確かに一晩で乾いているらしい。
ネジは窓のほうを見る。
「まだ降っている。ここはいつもこうだ」
雨のことらしい。
決して強い雨ではない。
けれど、しとしとと、ずっと降り続いている。

「思い出せるか?」
サイカが主語抜きでたずねる。
「サイカが誘導してくれれば、あるいは」
ネジはそう答える。
何を忘れていて、何を思い出せるか、見当がつかない。
「壁はまだあるか?」
サイカがたずねる。
「ある。あそこに。あの空間に」
「キュウは、いるか」
「いる。森の中」
「世界のリューズのことは覚えているか」
「なくなったって、キュウもサイカも言ってる」
「キュウは何かそろえろといっていたか?」
「中央に来る前のときに、エーが必要だと」
「エーについての情報は?」
「トリカゴが守ってるって」
サイカは軽くため息をついた。
「とりあえずは少しつながったな」
「そうなの?」
「置いてきたはずの古い思い出も、しみこんでいたものだろう」
「うん…なんか、そうだね」
「記憶もそのうち思い出せる」
「なくてもいいよ」
「いや、思い出してしまうものだ。置いてきたつもりでもな」

ネジの中で、
夢と現が少しだけ交錯する。
記憶の交差点。
ネジのイメージの中では、何かがすごい勢いで走り抜けていく感じ。
その交差点の中に、人形のような彼女がいる。
誰だろう。
懐かしい気もするし、
まだ見ぬ人のような気もした。

いくつもの記憶の部品。
それがてんでばらばらで、つながらない。
サイカには、完成図が見えているのだろうか。
理屈なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

「サイカぁ」
「どうした」
「大戦の赤い悪魔?」
少し間があり、サイカが話し出す。
「まだ語り継がれているとは思わなかった」
「語り継がれる?」
「多分俺のことだ」
「それは落盤ふっ飛ばして…」
「大戦中も似た様なことをしていた」
ネジは引っかかる。
「ちょっとまって、大戦にサイカ生きてたの?」
「ああ」
とんでもないことを聞いたような気がする。
サイカは大戦時代も生きていて、
それでいてこんなにも若い。
「サイカ、一体…」
「少し長生きをしているだけだ」
「でも、大戦に生きていたら、おじいさんでしょ」
「いろいろあった」
サイカはいろいろで片づけしてしまう。
ネジとしては納得いかない。
「サイカは、何者なの?」
改めてネジはその疑問に突き当たる。
「旅する執事だ」
サイカは冗談のようにそんなことを言う。
ネジはサイカが優秀なことを知っている。
執事をしていたのが大昔だということも聞いている。
そして、人間ごっこといっているのも知っている。
サイカは何者で、
ネジは何者なのか。
ここに来てネジは、自分が不安定になったような気がする。
いつも安定していなかった。
でも、サイカがいた。
サイカをよりどころにできなかったら、
どうやって歩いていけばいいだろう。

「ネジ」
「うん」
「お前の中には、鍵言葉がある」
「わかんないけど」
「鍵言葉の仕組みで、ラプターが撃てる」
「ラプターは鍵に連動しているの?」
「している」
ネジはうなずき、腰に下げられたラプターをなでる。
もしかしたらネジも、何か特別なのかもしれない。
いまさら、そんなことを思う。


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