神様と楽園


ドアがノックされる。
疑いもなくネジはドアに近づく。
「レンズを覗け」
サイカから注意されて、
ネジは魚眼レンズを覗く。
そこには、知っている人がいた。
トリカゴだ。
ここでネジは少しだけ疑問を持つ。
トリカゴの眼帯は左だっけ右だっけ?
疑問を持ちながら、ドアを開ける。
「ありがとう」
言いながらトリカゴが入ってくる。
「あの、どうしてここが」
ネジはたずねる。
「一級模写師をなめたらいけないよ」
トリカゴがくるりと回る。
そして、怪盗ハリー・ホワイトローズになる。
びっくりするネジと、表情の薄いサイカ。
そして、ニコニコ笑うハリーがいる。

「それで、何をしにきた」
サイカがまずは切り出す。
「トリカゴも中央にいるよってこと」
ハリーはにんまりと笑う。
「それだけか?」
「あのときの子どもも一緒だよ」
「だろうな」
見えるようにサイカは言う。
ネジは話についていけず、おろおろとする。
「まぁ、ネジさんもその辺に座って」
「うん」
ネジはとりあえずベッドの端に腰掛ける。
「部品が集まりつつあるよ」
ハリーは夢見るように言う。
「部品か、間違ってはいない」
サイカは腕組みして、目を閉じる。
「何の意思かはわからないけどね、そろえようとしている」
ハリーは微笑みすら浮かべたまま、
よくわからないことを言う。
「意思?」
ネジはたずねる。
「僕達を動かしているのが、いるかもしれないってことさ」
「そんなのがいるんですか?」
「大戦前の文化では、神様って言われてた」
「かみさま?」
ネジのよくわからない単語だ。
「神様は天使を遣わして、世界のバランスを保っていたんだってさ」
「天使」
ネジはそのイメージをどこかで持ったことがある。
暗いグラスで、光。
天使の彼女を見た気がする。

「まぁ、トビラがどう動くかだね」
「トビラは」
ネジは言おうとする。
トビラは悪人ではないはずと。
森を作り、ドールハウスを作り、彼女を楽しませている。
「キュウ、でしょ。ネジさん」
ハリーはネジの言葉を盗む。
「キュウ」
「そう、あの子。トビラの大事にしている彼女」
ネジはうなずく。
「トビラは世界を不安定に安定させようとしている」
どこかで聞いた言葉を、ハリーは唱える。
「何のためだろう」
ネジはつぶやく。
ハリーは肩をすくめた。
「トビラを模写したことないから、わかんないけどね」
「そうですか」
ハリーはサイカを見る。
サイカはため息をついた。
「あるいは」
サイカが話し出す。
「あるいは、何かな?」
ハリーが茶々を入れる。
「あるいは、楽園を作るべく、動いているのかもしれない」
「らくえん」
ネジは復唱する。
「楽園、それは苦しみも痛みもない、喜びだけの世界だ」
サイカが説明する。
今のこの世界じゃないかとネジは思う。
「大戦前はね、神様の居場所は楽園だと思われてたんだよ」
ハリーが語る。
「人は皆神の子でね、いいことしていれば楽園にいけるって」
「よくわかんないです」
ネジは素直に言ってみる。
人はいずれ世界に帰るのだから、
神様や楽園があってもしょうがないとネジは思う。
ただ、天使はいてほしいと思った。

「そういえばさ」
ハリーが話し出す。
「キュウのところのお茶は飲んだかい?」
ネジは覚えている。
「はい、紺碧の空を飲みました」
ニコニコ笑っているハリーが、ちょっと驚く。
「そういうことなら、ちょっと飲みにいってこようかな」
「いいお茶ですよ」
ネジは答える。
警備だろうがゲートだろうが、
ハリーはきっとどこにでも行けるのだ。
「喜びって、こういう色なんだと、思うようなお茶です」
ハリーはくすくす笑った。
「それはきっと、本当の喜びを知っているからだよ、ネジさん」
ネジの少ない記憶に、そんなものがあるのだろうか。
「それじゃ、いってみるね」
ハリーは影に吸い込まれるように、
どこかに消えてしまった。

本当の喜び。
それは一体なんだろうかとネジは思った。


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