噂話と愚痴


ネジは少年を見送り、
軒下から車へと戻る。
雨は相変わらず降り続いていて、
空は灰色だ。
ネジは乗り込む前に、
少年が去っていって方を振り返る。
傘はもう見えない。

ネジは車に乗り込み、
聖職者の衣装から、雨をちょっと落とす。
「何か得られたか」
サイカが尋ねる。
「あの子は、研究者階級なんだってさ」
「そうか」
サイカは言うと、少し考えるようなそぶりをする。
「なにか?」
「それが嘘だとは思わなかったか?」
「そっか、嘘の可能性もあるんだ」
ネジははじめてそこに思い至った。
「でもさ、カラスロボットも使わないし、人を傷つけるのが嫌いらしいし」
「弱者特有のためらいだ」
「ためらい、かぁ」
ネジは首をかしげる。
「俺はそんな風に感じなかったなぁ」
「お前がそうなら、そうなのかもしれない。どのみち、もう会うまい」
「そうかもね」
ネジは車のエンジンをかけた。

「どこか行くところある?」
ネジは中流階級の町を、でたらめに走る。
大通りに戻れば大体の位置は把握できる。
「そうだな、新聞でも買いに行くか」
「あるの?」
「階級別に新聞が違うはずだ」
「また階級かぁ」
ネジはげんなりする。
「中流階級なら、そろそろ、三月ウサギと帽子屋の話が出るかもしれない」
「前にもちょっと聞いたね、それ」
三月ウサギと帽子屋。
出てくると大変らしいのだが、
ネジはしばらくそれを忘れていた。
「トビラがシロウサギ」
「そうだ」
「トリカゴがネムリネズミ」
「記憶が少ない割には、覚えているな」
「少ないんだからしょうがないよ」
「まぁいい、新聞師の店を探そう」
「了解」
小さく丸い黄色い車が、
町を走る。

雨の中、カラスロボットに何かしている人を見つけ、
新聞師の店を聞く。
町行く人に尋ねるより、
カラスロボットを探したほうが早いのは、
中流階級の特徴なのかもしれない。
車を走らせ、
新聞師の店に行く。
車を近くにとめ、
新聞師の店に入る。
少し暗い店内だ。
「すみませーん」
ネジはとりあえず声をかける。
じじじと音がする。
伝道機の音だろうか。
「すみませーん」
ネジは再度声を上げる。
「はいはい、なんでしょ」
奥から声が近づいてくる。
パタパタと足音、乾いている。
「あ、照明つけますね」
照明がついて、ようやく店らしくなった。
新聞師は、緑の腕章をつけた、短い髪の男だ。
「それで、情報提供ですか?」
「いえ、中流階級の新聞をいただきたいなと」
「ああ、はい。そういうことでしたら」
新聞師は新聞を取り出す。
「ここは、噂やゴシップが好まれるのですよ」
新聞師がぼやく。
ネジはなんとなくわかる気がする。
「そのくせ、グラス情勢や中央のあり方については、無頓着」
「そうなんですか」
「でも、グラス情勢の新聞も別に発行していて、ここで売れている。わかります?」
「どういうことなんでしょう?」
ネジは疑問に思った。
無頓着なのに新聞が売れる?
「グラス情勢を読んでいるという、格好がほしいのですよ」
「格好、ですか」
「お金を使って格好だけつける人。そういう人の集まりなんですよ」
「新聞師さんも大変ですね」
新聞師ははにかんで笑った。
「いや、愚痴っぽくなってしまって」
「いえ、面白いです」
新聞師は頭をかく。
「新聞師に寄せられる情報も愚痴ばかりで。時々嫌になります」
「たとえば?」
ネジはちょっと興味を持った。
情報の発信地の新聞師が愚痴るほど、嫌なものとはなんだろう。
「研究者階級からスパイが紛れ込んでいる、なんてのがありましたね」
「そうなんですか」
「あと、リューズはずしの失敗もあるから、それをもっと問題にしようとか」
「リューズはずしって、そんなに危険なんですか?」
「噂はいくらでも、ですよ」
「なるほど」
「あとは、近所の愚痴です。これが多いんです」
新聞師はため息をつく。

ネジとサイカは二種類の新聞を受け取り、
店を後にした。


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