部品


やがてサイカが新聞師の店から出てくる。
雨の中を少し走り、
車に乗り込んでくる。
ドアを閉めて、一息ついたらしい。
「何してきたの?」
ネジはたずねる。
「トリカゴにメッセージを送った」
「尋ね人欄?」
「そうだ。きっとトリカゴは中流階級の新聞が読めるところにいる」
「ふむ」
「明日になれば気がつくだろう」
サイカはいつもの無表情だけど、
いつも何か考えているような気がする。
今度は何をする気だろうか。

「それじゃ、宿に戻っていいのかな」
「ああ」
ネジはキーをまわす。
車がうなりだす。
ワイパーが視界を一応クリアにしてくれる。
ネジはゆっくりアクセルを踏んだ。

大通りに出て、
商業者階級へと戻る。
ゲートは戻る分にはチェックが甘いらしい。
それでも一応、サイカがスキャン用紙を提出した。
番人は細部までチェックせずに車を通した。

にぎやかな商業者階級の町に戻ってくる。
「あそこはねじれてたね」
ネジがつぶやく。
「中流階級なんて、そんなものだ。矛盾を抱えてねじれている」
「そうなんだ」
ネジは心底住みにくそうだと思った。
「しかし、思った以上に上流階級のリューズはずしが広まっているな」
「そうなの?」
「労働者階級しかり、中流階級しかり」
「うん、なんか噂だけは聞くけど」
ネジとしては、時計をいじって夢見るなんて、嫌だなと思う。
でも、夢を見るなら。
いつも、キュウのところに行けるようになるんだろうか。
キュウは素敵な少女だ。
でも。ネジはまた否定する。
こうして車を運転したり、
雨に降られたり、
いろんなものを見てきたネジを、
夢の中だけに入れておきたくない。
そんなことを思う。

この身体と、この夢と、トレードマークの赤い前髪と、
いろんなものをみんなひっくるめてネジだ。
そんなことを思う。
けれどそれはどこまでネジだろうか。
記憶の少ないネジ。
消えた記憶のネジは、何をしていたのだろう。
不意にそんなことが気にかかった。

「サイカぁ」
「どうした」
「記憶がなくなる前の俺を知ってる?」
「まぁな。しかし、知ったところで何も変わらない」
「気になるよ」
「気にするな」
「むぅ」
ネジはうなる。
「どんな俺だったの?」
ネジは再度たずねる。
「酒に弱いくせに酒が好きだった」
「むぅ」
ネジは再びうなる。
「それは今と変わらないような気がするけど」
「そんなものだ、記憶のありなし関わらず、あまり変わってはいない」
「そっかぁ」
ネジは商業者階級の大通りを走る。
いくつもの店が流れていく。
外側に行くほど、すばらしいわけでないけれど、
内側を見るとゆがんでるなと、今のネジは思う。
それでも正す気は毛頭ない。
そういうものだと思ったほうがいいのだろう。
世界は完全に不完全。
トビラが目指しているかもしれない世界。
平和な世界。
青白い歯車の世界。
「お前はお前を持っている」
サイカは言う。
ネジはわかるようなわからないような気がする。
「切り札はお前の中にある」
「切り札」
「嫌でも使うときが来る」
「嫌なら使わないよ」
「きっとくる」
サイカは確信を持っている。
ネジはそれを感じる。
でも、どうすればいいのだろう。

ネジはどうすればいいのだろう。
サイカの導きが途切れたらどうしよう。
歯車は歯車だけでは機能しない。
たくさんの部品が必要だとネジは感じた。
部品が集まって何になるんだろう。
部品が集まったら、何かの仕組みになるのかもしれない。
それは動くだろうか。
ネジの中に設計図はない。
ネジは部品だとネジは思う。
自分はひとつの部品。
多くの歯車のひとつ。
サイカの導きはいつまであるかはわからないけれど、
部品として、仕事を全うしなくちゃいけないかもしれない。
そんなことをネジは思った。


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