情報あれこれ


駐車場に車をとめ、
宿へと駆け込む。
雨がちょっと強くなったようだ。
「部屋に戻って乾かすようかな」
「そうかもしれない。俺はフロントに行ってくる」
「手続き?」
「そうだ、記憶の少ないお前では不安だ」
「ごもっとも、いってらっしゃい」
ネジは狭いロビーのあたりでたたずむ。
椅子に座るのは気が引ける。
駐車場からかけてきたとはいえ、
濡れた服で座るのは、よくないなぁと思う。
とりあえずサイカが手続きをしている間、
ネジは新聞を読むことにする。
広げると広告ばかりだ。
そういえば階級によって、新聞が違うとかサイカは言っていたなと思う。
商業者階級だから、
こんなに広告が多いのかもしれない。
確かに、何も知らない人にとっては、
広告だらけのほうが有益かもしれない。
グラス情勢はどうだろうか。
載せないのかなと思ったら、意外と載っている。
はて、これはどういうことだろう。
「ネジ」
呼ばれてネジは振り返る。
サイカが手続きを終えて、階段に向かっていた。
「待って」
ネジは新聞を戻して、サイカを追った。

「新聞を読んでいたのか」
「うん」
「文字が追えないほど、記憶をなくしているわけでないのが、幸いしたな」
「そういえばそうだね」
ネジはいろいろ忘れているが、
そういうことは残っているものなのかもしれない。
あるいは。
ネジの中に染み付いているものは、
忘れることなくあるのかもしれない。
「商業者階級の新聞に、何でグラス情勢があるのかな」
「商業者階級では、物を売るだろう」
「まぁ、そうだね」
「たとえば、どこかで何かの技術が上がったとしよう」
「ふむ」
「すると、その技術で物が安価で作られるようになるとしよう」
「ふむふむ」
「価格は売るに当たって大切だということは、わかると思う」
「いくら俺でもわかるよ」
「まぁ、そんなことだ。商業者は情報に割と貪欲だ」
「なるほどなぁ」
世界で何が起きているかを知るということは、
この階級にとっては生活にかかわる問題なわけだ。
一般の外のグラスから入り込んでいる人もいるから、
多分いろんな競争がある。
外側の階級の諦めでもない、
中流階級のプライドでもない。
商業者階級は、外のグラスの活気に近いものがあるかもしれないとネジは思った。

部屋に戻ると、ネジは聖職者の衣装を脱いで、シャツ姿になる。
サイカも黒い執事服を脱ぐ。
ハンガーにかけて、椅子に腰掛けて何かを考える。
「何の手続きしていたの?」
「気になるのか?」
言いながらサイカは、ラジオの青白い歯車をいじる。
「うん、気になる」
「なんのことはない。中流階級の新聞を届けてくれということだ」
「ああ、さっきよってたから?」
「普通は商業者階級では読めないからな。スキャンして証明してということがあった」
「新聞ひとつでもそうなんだ」
「中央のやり方のひとつだ」
「ふぅん」
「まぁもっとも、これを支配と感じているものは少ないだろうな」
「そんなもの?」
「こんな風なものだと、受け止めているものがほとんどだろう」
「そんなものかな」
「平和だから、誰も疑問に思わない」
「平和」
ネジはぼんやり思う。
これは平和だろうか。
平和を置くには、据わり心地が悪い気がする。
なぜだろう。

音楽が流れている。
サイカのいつものチャンネルなのだろう。
サイカは腕を組み、目を閉じている。
無駄なものがない。
音楽を聞いて満たされているんだろうなと、ネジは思う。
ネジもなんだか満たされるような気がする。
音色を身体で受け止めて、
内側に響きを満たす感じ。
それは食事とは似ても似つかない行為であるけれど、
満たされる気がする。
サイカみたいな人は、食事の代わりに音楽を摂取しているのかなと、
ネジはそんなことを思った。
なんというか、大戦の赤い悪魔は優雅らしい。


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