漆黒のリュウ


ネジは出された酒に手をつけることなく、
男のほうを見る。
男は軽く片手を上げた。
鋭い目つきをしていて、
ネジはなんとなくではあるが、只者ではないと思った。
「関わるな」
サイカが食後のコーヒーを飲みながら言う。
これは自分で注文したものらしい。
「気になる」
「関わるな」
サイカは重ねて言う。
「あの人は、何か知ってる」
ネジの直感みたいなものだ。
根拠らしい根拠があるわけでない。
それでもサイカはため息をつく。
「何を知っても、知らんぞ」
「そういうこともあるよ」
ネジはそう答えた。

ネジは食事を終え、やっぱり酒には手をつけないまま、
影の男のものへと近づく。
影はハリーの居場所かと思っていたが、
どうもこの男は闇をにじませている気がする。
漆黒とか、そういうもの。
食堂の笑い声を遠くに、
ネジは男の近くにやってきた。
漆黒の武闘着。
その下の筋肉が、鍛えられていることを示している。
髪は後ろで長いのを縛っている。
遠くで見たときと同じように、
目つきは鋭い。
「よお」
男は、腹に響く低い声を発する。
「酒は嫌いか?」
「そういうわけじゃないです」
「警戒したってわけか」
「そうかもしれません」
男はにやりと笑った。
「それじゃ警戒しないでここに来た理由ってのはあるのかい?」
「警戒してますよ」
「どうだか」
男は腕を組む。
ネジの後ろで足音。
サイカが来た。
「リューズはずしがここに何の用だ」
サイカがたずねる。
言葉が少し、威嚇を伴っているかもしれない。
リューズはずしと呼ばれた男が、不敵に微笑む。
「職業じゃなくて、名前で呼んでもらいたいもんだな」
「なんていうんです?」
ネジはたずねる。
「リュウでいい。リューズはずしの、リュウだ」
「じゃあ、リュウさん。俺達に何の用です?」
「いい女の子いるよ、とでも言えば満足か?」
「そういう用件じゃないでしょうね」
「だろう?」
リュウは笑う。
「お尋ね者同士仲良くやろうやってことさ」
「おたずねもの」
「情報は錯綜しているらしいがな、あんたらだろ、死神と悪魔」
リュウは指を突きつける。
「派手にやらかしているのに、逃げおおせているのが不思議だな」
「俺もそう思います」
ネジは肯定する。
「しかし、俺達お尋ね者だったんですね」
「何だ、知らなかったのか?」
「追われているんじゃないかなとは思っていましたけど」
「立派立派のお尋ね者だよ。ただし、あいつが情報規制している」
「あいつ?」
「わかってんだろ」
リュウが促す。
ネジは思いつく人がいる。
「トビラ」
「そうだ」
「なんでだろう」
「俺が聞きたいくらいだ」
ネジは首をかしげる。
サイカは何か考えている。
リュウが首をこきこきと鳴らす。

「あるいは」
サイカがつぶやく。
「利用する気なのかもしれないな」
「何が何を?」
「トビラが、お尋ね者を」
ネジにはよくわからない。
それでもリュウは何か合点が言ったような顔をする。
「それであんな仕事させたってわけか」
「あんな仕事?」
「元の取れないリューズはずしさ。自己責任の意味をわかってないやつが多すぎる」
ネジの頭に疑問符がたくさん浮かぶ。
「その銃で、撃ったんだろ?」
「…弔ったんです」
ネジはようやくわかった。
リュウは元の取れないリューズはずしは、あんまり好きじゃなくて、
多分ネジが弔った子どもも、
リュウがリューズをはずしたのだ。
自己責任をわかっていなかったあの親もどうかと思うが、
リュウも大概だとネジは思う。
止めをさしたのはネジかもしれないけれど。
ネジはため息をつく。
「俺はどこに行くんだろう」
「さぁな、どこ行ってもいいのさ」
リュウはにやりと笑う。
「それくらい自分で決めろ」
ネジは少し悩む。
死神ってどこに帰るものだろうかと。


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