時機人
リュウが、ふと思いついたような顔をする。
「ボルテックス、こいつは今なんと名乗ってるんだ?」
「今こいつは、ネジと名乗っている」
「そうか、じゃあネジ」
リュウがネジを呼ぶ。
「なんでしょう」
「記憶は吹っ飛んでねぇか?」
「だいぶ飛んでます」
リュウは何か考える。
「時機人というのは、さすがに覚えてねぇだろうな」
「ときびと?」
ネジはさっぱりわからない。
なんだか、大事そうな言葉ではあるなと感じる。
「ボルテックス、教えてないのか?」
「教えていないし、今の俺はサイカと名乗っている」
「そっか、じゃあサイカ、俺から教えてもいいのか?」
「かまわん」
リュウはネジに向き直る。
「許可がなくても、かまわないけどな」
「時機人って何です?」
「そうだな、機械はわかるな」
「わかります」
「時計もわかるな」
「わかります」
リュウは言葉のクッションを置いてから、話し出す。
「昔、人と呼ばれるものは、内側に時計を持っていなかった」
ネジの聞いたことのないことだ。
サイカも教えてくれなかった。
「一部の技術者達が、鉱石を使って、時間を内側に埋め込んだ」
鉱石、ネジはそれを知っている気がする。
「それが時機人の始まりだ」
「ときびと」
「人の数だけ時間を埋め込まれ、みんな時機人になった」
「人はみんな時機人なんですか?」
「それが俺達の仕事だった。そうだな、サイカ」
リュウはサイカをじろりと見る。
サイカもリュウを見返す。
ネジは二人を交互に見る。
「プロジェクトアリス。懐かしいと思わないか?」
リュウはどこか挑発するように言う。
「アリス、か」
サイカはため息をつく。
ネジはおろおろと二人を見比べていたが、
やがてリュウのほうを向いてたずねる。
「なにがどうなんです?」
「プロジェクトアリス。大戦の前からあった時機人技術の計画だ」
リュウは答える。
ネジは脳裏に何かよぎるのを感じる。
アリス、アリス。
ネジはネジなりに理解する。
現在、人と呼ばれるのはリュウの言うところの時機人で、
プロジェクトアリスというものが作ったらしいこと。
それは大戦の前からあるらしいこと。
「じゃあ、大戦ってなんだったんですか?」
ネジはたずねる。
「実験さ」
リュウはさらりと言う。
「時機人は殺したら死ぬのか、鉱石は足りるのか、武器は機能するのか」
ネジは聞いていてつらくなる。
「つらそうな面してんな」
リュウの言葉に、ネジは首を横に振って答える。
「まぁ、それが事実ってやつだ」
そんなのひどいとネジは思う。
命はそんなののためにあるものじゃないと。
言葉にできなくて、
ネジの内側で透明の歯車がきしきし回る。
「時機人の命は命であって命にあらず」
リュウは読み上げるように言う。
「当時のプロジェクトアリスの連中は、そうして時機人を実験して殺した」
リュウはネジのほうをじっと見る。
「弔いの銃は、数少ない安らぎの武器だったってわけだ」
「弔いの…」
「ラプターが使えるのは一人だけだ」
ネジはそっとラプターに触れる。
ネジの相棒。
「覚えてないんだろうが、実験で苦しんだものを弔ってたのは、いつだってお前だった」
ネジは覚えていない。
覚えていないけれど、感じる。
「大戦の記憶なんてないほうがいい、お前はいい選択をしたよ」
リュウが首をすくめる。
「まったくだな」
サイカも同意する。
ネジはいいことなのか、どうなのかわからない。
弔った人のことを覚えていたかった。
「大戦の死神」
リュウが呼ぶ。
ネジはうなずく。
思い出すことはあまりできていないけれど、
多分大戦のころからネジはいて、
ラプターで弔っていたのだ。
プロジェクトアリス。
時機人を作る計画。
命であって時計であって機械である命を作る計画。
ネジは何者なんだろう。
大戦のころから生きている、
ネジたちは何者なんだろう。
ネジは自分がわからなくなってきた。