セット
食堂の支払いをして、
雨の中二人は傘をさして宿に帰ってくる。
サイカは歩いた場所を覚えている。
ネジ一人だったら迷子になっているところだ。
いつものように、ネジはサイカについていく。
いつものように。
多分、ずっと、いつものように。
フロントに傘を返して、
部屋に戻る。
新聞は明日の朝らしい。
部屋には届いていない。
ネジはスーツのジャケットを脱ぐ。
そして、ベッドにぽいと投げる。
おいしい食事、そして、リュウという男。
ちょっと混乱気味だ。
プロジェクトアリス。時機人。
いきなり言われても、わからないことが多い。
でもいずれ、知らなくちゃいけないことだったんだろう。
「ハンガーにかけろ」
「別に減るものでもないよ」
「しわになると、みっともない」
「気にするの?」
「俺は気になる」
「ふぅん」
ネジは首をかしげる。
サイカって見た目を気にしていたんだと、そんなことをいまさら思う。
言われたとおりにスーツをハンガーにかける。
「そろそろ寝ろ。何ならシャワーで雨を落として来い」
「浴びてくる」
「髪はちゃんと拭け」
「サイカがやってくれるよ」
「いつまでもいると思うな」
「いつまでもいるよ、サイカは」
ネジは前髪から見える口元を、へらりと笑みにする。
サイカはため息をつく。
「いつまでもいると思うな」
サイカは繰り返す。
「俺達はセットだよ」
ネジは言う。
記憶のどこかから拾ってきたような言葉だ。
何でこんなことを言うのか、ネジ自身わかっていない。
「セット、か」
「うん、だから一緒だよ」
ネジは一人で納得すると、するりと浴室に入っていった。
残されたサイカは、盛大にため息をついた。
やがて、シャワーを浴びたネジが出てくる。
サイカがいつものように世話を焼く。
「やっぱり執事だね」
寝巻きに着替えたネジは上機嫌だ。
「早く寝ろ」
「そうする」
ネジはベッドにもぐりこむ。
「サイカもおいでよ」
「どこへだ?」
「一緒の夢」
「そのうち行くことになる」
「早いか遅いかの違いだよ、行こうよ」
サイカはちょっとだけ、困った顔をする。
「俺が行くと、夢は壊れてしまう」
「壊しちゃうの?」
「ああ、だから、もうしばらく夢には一人で行ってくれ」
「サイカ」
「頼む」
サイカの頼みを、ネジが断れるはずがない。
「わかった。何かやっとくことある?」
「キュウの相手をしてやってくれ」
「うん、わかった」
ネジはベッドにもぐったまま、うなずいた。
サイカがそっとネジの髪をなでる。
赤い前髪が流れる。
むかしむかし、一人の少女が作られました…
低く自嘲気味のサイカの声。
少女は永遠になるはずでした。
少女は壊れてしまいました。
部品はばらばらになりました。
今も少女は世界を回しています。
あの、歯車の上で踊っています。夢を見ています。
ネジは夢に落ちていく。
サイカが遠ざかる感覚を持つ。
浮遊、落下。
内側に持った鍵で開いていく。
鍵は何なのだろう。
内側の何かが反応している。
ネジはいつもの空間に現れた。
夢の中でだけ、来ることができる空間。
ネジはきょろきょろとあたりを見る。
歩き出して気がつく。
地面と空という区別がついたようだ。
とことこと足音がする。
そして、いつものように遠くに壁。
反対には、森。
「歯車の上で踊っています」
ネジはサイカの言葉らしいものを反芻する。
ネジはその彼女を知っている。
たぶん知っている。
壊れたことも、たぶん、記憶が戻ればわかるのかもしれない。
いつ戻るのだろうか。
全部戻るとも限らない。
どうすればいいんだろう。
キュウなら何か知っているかもしれない。
ネジは壁を背に、
キュウのドールハウスへ向かった。
キュウなら、サイカのように、
いろんなことを導いて教えてくれるに違いない。
でも、結局選ぶのは自分だと。
ネジは自分に言い聞かせる。
どうにも選ぶ道が見えにくくて困る。
ネジは軽くため息をついた。